十一月六日(日)
続・カミーノ巡礼三日目。八時。今日は十二キロしか歩かないのでゆっくり起床した。いつもとは違い、周りの巡礼者も不思議とお寝坊気味だ。まだ寝ている人もいるくらい。
宿併設のバルが朝ご飯を出してくれるらしいので期待して食べに行った。パンがでかい。思えばこの家が出してくれるものはなんでもでかかった気がする。そういう店はありがたいから好きだ。客からの注文があるとき以外、店主がずっと椅子にもたれて寝ているのも良い。ここは村唯一のバルがやっている宿という感じで、全体的にのんびりとした暖かい雰囲気があった。
十時ちょっと前、ようやく出発。我々が屋内でダラダラしている隙に俄雨が降って、いつの間にか止んだみたいだった。アスファルトの道路が濡れている。
今日の道はひらけている。両脇が草地になっていて見晴らしが良かった。森の中を歩くのもいいけど、こういう整然とした景色も好きだ。
夫が歩きながら「先のほうに赤い気球が飛んでいそうな感じだよね」と言っていて笑った。視力検査のやつね。
小さな町を過ぎる。牛が柵の向こうからこちらを見ていた。
そっぽを向く猫。
遠くに小高い丘が見えてきた。かなり広範囲に渡って裾野が広がっているので、十中八九あそこまで登ることになるのだろう……と予想しつつ挑む。
草の葉に光が当たっていた。
意外と緩やかな坂だ。このまま迂回させてくれるのだろうか。
と、思いきや急にぐいぐい登らせてくる。残りの距離がわかるとつらいので、なるべく下を向いて黙々と足を動かした。
丘の上からの眺め。遠くのほうには湖が見えた。やっぱり高いところは気持ちがいい。三百六十度麓の景色を見渡せるのが丘の良いところだと思った。晴れていたらピクニックもできるし。
しかし進む先には更なる坂が……。
やるしかない!と丹田のあたりに力を入れていたら、あの坂には登らず右手側に折れることがわかって少しホッとした。
この道なら楽勝だ。途中、リスが視界の端を横切って道端の木に登っていくのが見えた。
前回スペインに来たときはうさぎをけっこう見かけたんだけど、今回はいないねえ、と夫。
十一時。六キロ経過。ちょうど半分のところまで来た。この先しばらく何もなさそうなので、この辺で一休みして行くことに。近くのバルに向かって歩いていたら、ちょうどこれから町を出て行く人が「あの店は良いよ」と教えてくれて嬉しかった。
またサンティアゴケーキを食べた。シンプルな味付けで甘さがしつこ過ぎず、柔らかいクッキーみたいな感じなのでサンティアゴケーキのことはけっこう好きだ。
余裕ぶっこいて一時間半も休んでから再び歩き始めた。Twitter社が買収されたらしいという話題になり、「イーロン・マスクって誰?」「なんでもやっちゃう起業家のひとだよ」みたいなやりとりをした。
しかしよくあんなにタイヤを集めたよねえ、と急に話を変えつつ。夫の前だと気を抜きまくっているので、目に映るものに反応して勝手に口が開く。
静かで誰もいなくて、学校をずる休みした日の午後みたいだね、と話した。
この村と廃タイヤ収集業者を繋ぐパイプのようなものを感じるな。
十三時半。今日泊まるオルベロイアの町に到着。
羊たちもいる。今日はとことんのんびりした気持ちだったので、十分ぐらい無言のまま草を食む様子を眺めて過ごした。
眠るシャコベオくんの看板があった。かわいい。
十四時、宿にチェックイン。今日の宿はベッド毎にコンセント・読書灯・カーテンがついているいちばん好きなタイプのドミトリーだった。特にカーテンの存在が地味に嬉しい。こんな旅をしているのだからある程度は割り切っているけど、やっぱりこれがあるとプライバシーが守られているように感じて安心する。
シャワーを浴びた後は近くのバルへお酒を飲みに行った。一時間ぐらい、特に目的もなくダラダラとインターネットを見て過ごす。そんなことをしていたらいつの間にかもう夕方だ。こういう時間の使い方が結局いちばん贅沢なんじゃないかって最近思う。
お腹が空いていたのでそのまま別の店に行ってピルグリムメニューを食べた。
デザートに「バニラクリーム」という名前のお菓子を頼んだのだが、これがなかなか不思議な食べ物だった。味はプリンなのに食感はヨーグルトに近い。店員さんから口頭でメニューを聞いていて、てっきりアイスクリームが出てくるものだと思っていたからびっくりした。でも、美味しい。シナモンとバニラオイルの組み合わせがいい感じ。
ふと壁を見たら明日歩く道の標高図が貼ってあった。前半はそこまで凹凸がないが、後半から一気に坂を下るらしい。なかなか膝にきそうなコースだ。明日もがんばろうね、と幸せな顔で言った。