第60回短歌研究新人賞応募作『たいくつな水』

☆予選通過、2首掲載でした(※が掲載歌)

『たいくつな水』

わたしから溢るるもので浴槽は羊水として満たされている

名前さえ忘れてしまいそうになるからっぽのままほどかれてたい

ふくらんだ腿の産毛は水をはね死体となってしろくゆらめく

肥大するすべてがとてもいとおしく今日はつぎつぎ破滅のしらせ

青々と血をうしないゆく臓器からいのちがいつかこぼれおちるとき

ながいことかたちをなくしていたような予感はずっと小指にあって

触れられてみたいとおもう首筋の星を鏡にうつしだすたび

水滴はうすくはられた膜のうえ曲線えがき白昼夢まじり

あのひとのかけらをすこしもらうことかすみ草は静かにゆられ

たおやかなひかりは窓を突き刺して夜のふちをまあるくしてる

おぼろげに溶けだす色は混ざり合いくるくるまわるわたしは宇宙

教会の奥にはさみしい冬がありワイングラスは壊れたがって

神さまはいつもみてるとはなしてた男の子らと裸でねむる

丘の向こう知らないおとなにかこまれてうずくまってる顔のないひと

いちめんに咲いたきゃべつの葉をひらきこの嬰児(みどりご)は乾ききってる

透明なさかなの泳ぐプールにて母はまどろみあたらしくなる

散らばった幾千億のわたしたちわたしのなかにひきもどされてく

きしむ骨たばねる糸をたぐりよせ朝日にそっとのみこまれてる

まずそうなオレンジふたつしあわせの象徴めいて転がされてる

牛乳はそそがれている 関わりたくないくらいすきあなたの襞が ※

えいえんはこんなところに兆さないこんなところにこんなはずれに

なにひとつままならないなひとりでは生きられないの行きられないの

膿んでゆくばかりの昼がいやになる脱衣所なんてきもちがわるい

いまとてもくずれちゃいそうかろうじて、すみれの花、青、フルーツタルト

天国のレモンはどんなにおいなのきっとわたしは飛べないだろな ※

どこへでもゆける気がする気がするだけ五月の風にひっかかってる

犬の舌かすかにつまむ見えない手のどかなときはゆるゆると蜜

憧れはそここにひらき泥のなかスパンコールがふいにきらめく

お嬢さんとよばれてみたいまっさらなブラウス胸に薔薇をやどして

ひとびとはわたしの愛を通りすぎおなかいっぱい繁殖してる