今日は彼氏がいないから 百首会編

 いっしょに住んでいる恋人が、ゴールデンウィークを利用して何日か実家に帰ると言う。

 あからさまに「ショック!」という顔をしていると、「さかなちゃんも帰ったら?」と提案されたが、私はワクチン接種が終わるまで実家を出禁にされているためそれは出来ない。だからといって他に行くところもないし、仕方がないので前回の連休同様ひとり東京に残ることにした。

 それで、その間にやっておきたいことを考えて、まず最初に浮かんだのが「ひとり百首会」だった。

 百首会とはその名の通り、一晩とか一日で百の歌を詠む会合のことを言う。大変だとは思うが、その分いろんな発見があってたいへん面白そうな遊びだ。Twitterのタイムラインを眺めていると、たまに仲間内でやっているフォロワーさんがいたりして、私もいつか挑戦してみたいなあ、と以前からこっそり思っていた。それをこの機会にやってみようというわけだ。ひとりで。

 本来であれば、他にも参加者を募るとか、どこかのホテルに泊り込んでやるとかしたほうが盛り上がるのかもしれない。

 だけど、なにせいまだかつて成し遂げたことがないことだし、私自身、本当に完走できる自信がない。最初から大がかりなことをしてコケるよりは、まずはひとり自宅で試しにやってみて、案外いけるという確信を得てからプラスアルファの要素をつけて再度実施するのがいいなあと思った。

 そんなこんなで前日。百首会中は一歩も外へ出なくて済むよう、仕事終わりに食料品を買い込み、籠城の準備を整える。恋人とちょっとだけお話をして、風呂に入ったら早めに就寝した。百首詠むのにおちおち昼寝している暇はないからだ。途中で眠くなったりしたら困る。

 当日は恋人が出かけるのを見送ったあと、ちょっとだけ家の中を片付けたり、この文章を書いたりして、作業しやすい環境を確保しつつ、九時には百首会を始めた。

九時〇〇分

 スタート!とりあえず洗濯機を回す。歌ばかり詠んでいても気が詰まりそうだし、適度に他のこともやっていく。恋人と別れたばかりだからか詩性ゼロの相聞歌もどきがたくさんできた。あまりにも感じたことをそのまま歌いすぎていて良くないなあ、と思いつつ、捨て歌も歌の内ということでどんどん量産。パソコンでワードに打ち込んでいく。二十分ぐらいで十首できた。人前に出せるレベルの歌はひとつもないが、ひとまず「本気を出した自分のペース」が掴めて安心。

十時三十分

 一時間半経過。この時点で三十から三十五首ぐらい。詠んだ中でも出来がいいと思った歌はブログに載せようと思っていたのだが、ざっと読み返した感じ無理そう。結構いいペースなので後半余裕がありそうだったら歌の精度を上げようかなと思う。

 この辺でちょっとだけ休憩することに。先ほど回しておいた洗濯物を干す。

十一時〇〇分

 外では雨が降ってるなあ、ということで「雨」をテーマに十首詠む。三十五首目から四十四首目まで。プチ連作。終わったらお昼ご飯食べてもいいよと自分で自分に許可する。

十一時三〇分

 お昼ご飯食べつつ五十首到達。折り返し地点。一時停止して服の断捨離を始める。ワンピース二枚、トップス二枚、スカート一枚、リボンがついたレインブーツ、茶色のパンプス。状態が良くてもこの先着る機会がなさそうなものについては処分した。当たり前だが、服を選ぶときは常に「これしかない!」と思って買っているので、ただ趣味が合わなくなったというだけの理由でかわいい服をゴミ袋に放り込むのは心が痛む。まだまだ捨てても良かった気がするが、全く着る服がなくなっても困るため程々にして終了。作歌に戻る。

十三時〇〇分

 六十五から七十首ぐらい。さすがにそろそろ疲れてきた。なんか頭痛いし。とはいえ、始める前は「一時間十首詠んで十時間でゴールできればいいかな(十九時終了)」ぐらいに考えていたので順調といえば順調。この辺で「完走できそうだな」という確信を抱く。

 ふと思ったが、夏休みの宿題をどのタイミングでやるタイプかによって百首会の挑み方も変わってきそう。ちなみに私は最初に全部終わらせて後半遊びたい派です。だからかわからないけど、どうしても詰め詰めでやってしまうね。もっとダラダラして全然いいはずなのに。

 爪切ったり本読んだり、気を紛らわせながら詠み続ける。

十四時二十分

 息も絶え絶え九十首。発狂しそう。つらすぎて、「人妻」という単語が入った歌を五首も詠んだ。無意識に母性を求めているのか?

 それにしても、七十首越えたあたりから急激に頭が働かなくなってきたのをひしひしと感じる。辞書を開いてひたすら題詠したり、ネタ探しに過去のブログを読んだりしてみたが、それでもだいぶ苦しい。最初のペースはなんだったんだというぐらいの脳停止っぷり。

 それでもどうにかここまで来れたわけだし、せっかくなので残りの十首はもう少し丁寧にじっくり詠みます……。

十五時十六分

 ついに完走!

 つらかった、長かった。一首一首の精度はともかくとして、六時間強で百首詠めたという点においては自分を褒めてあげたい。その大半は捨て歌だけど、一応、何かあった時のストックとして大切に取っておこうと思う。そのまま載せるのは無理でも、推敲さえすればよくなりそうな歌が結構ある。

 以下は「まあそのまま載せてもいいかな」と思ったもの。百首詠んでたったのこれだけ。(※頭についているのは何番目に詠んだ歌かを表すナンバー)

8.ピーナッツ・バターにするの?銀色のナイフざりざり朝を削ろう

13.ノートには緑の魚罫線の上で焼かれていやんなっちゃうよ

17.こんなことしなくてもいい太腿に森の香りを隠してきたから

58.星形に人参切れば生活がまるくまるくなるあまくあまくなる

73.贖罪の苺はあまい ドストエフスキーと過ごす夜の図書室

93.もしも樹になれるとしたら土砂降りの夜にあなたと彼女をくるむ

95.木瓜の実を拾ってこれはなにかなと老若男女思案する午後

100.特別な名前を付けて わたくしが不在の隙に食べる無花果

まとめ

 最近短歌詠めてないなあと思っていたので、いいテコ入れになった。もうダメだ、私のアイディアは枯渇してしまった、と絶望したときにこそあえてこういうことをやるといいのかも。

 このぐらいの時間で完走できるなら、次はどこかのホテルで缶詰めになって夕方から寝る前にかけてやりたいな。