第四回笹井宏之賞落選作『宇宙飛行士失業中』

辞めるなら地球に還るまでの間有人宇宙機の外にいろと

 

観念につながれている命綱 好きな武将の辞世の句叫ぶ

 

静けさに打ちのめされて横たわる月型蛍光灯下の温度

 

真夜中の青果売り場は冷たくて正しいグラムもわからなくなる

 

パプリカの種を無重力空間に散らしてぼくら終わりの遺伝子

 

ココナッツサブレほろほろほろあまく自問自答を続けてばかり

 

同僚が口論交わす中ひとりモモンガですという顔してた

 

隅っこを箒でつつく係です国際宇宙ステーションにて

 

仮住まい捜して彷徨う宇宙塵赤いランドセル水槽にして

 

広い世にルンバを放つ音速でビッグバンの真逆やってよ

 

カラフルな退職届室内にばら撒き占う咄嗟の黄色

 

ステーキに対する豆腐ステーキの気持ち投身しても天の川

 

おとめ座を指で画面にタイプして運行させる仕事に飽きた

 

地上には住所がなくて追悼のミサの報せも転送される

 

鳥瞰する冥王星に火をつけて漫画が描けるようになりたい

 

プードルをまな板上に呼び寄せて輪切りにすればピンクの空洞

 

銀河にも公共職業安定所あって獣医の求人集める

 

浮遊する意識とパニエ交響楽(シンフォニー) AM4:00に受話器握って

 

今日もまた知らない星で迷子する投げた植木が帰ってこない

 

死にたての烏賊の内臓明滅し有給休暇の残り伝える

 

バカンスに行くのもいいなと回転し鉄塔倒して浮き輪を探す

 

釈迦の花 宙へひらいて掌に上昇宮を教えてくれる

 

階層を急に増やしたエレベーター頭上仰げば天球図揺れ

 

冷蔵庫の中では保存された夏プールサイドに魚の水着

 

宇宙服に子熊招いてふたりきり顔のとこから毛蟹を見せる

 

ほらあれがベガ、アルタイル、デネブだよそんなところに神はいないよ

 

鼻歌が聞こえる範囲に人がいたこともあったなとがる前脚

 

伊勢丹で母が買ったというゼリー光年超えた愛のお歳暮

 

甥っ子のビデオメール 胸元にバラク・オバマが刺繍してある

 

登園は個人競技と言い聞かせられた記憶に虫ピン刺した

 

偉人らの初恋相手を一箇所に集めて博物館を建てよう

 

計量機狂ってしまいパエリアの海老がどんどん紫になる

 

一日が暮れていく(たぶん)太陽の焼身自殺で育てた杏子

 

待っている船だけ来ない船乗り場社会と呼べるものはなかった

 

空っぽのやかんに黴が繁殖し薔薇の形によく似た緑

 

楽しんで帰ったあとの差し押さえテープ可笑しく身体に巻いて

 

ミュージックビデオ撮ろうか哲学パン噛まずに飲んで春の表現

 

フルーツに銀河注いできらきらら だめだな 三ツ矢サイダーが良い

 

恋しいと思えるようになりたくて地球を出たが ひとりではあるが

 

「あれ箸が三本しかない」やってけるけど部屋の隅速記ペン走る

 

長靴に自立促す蛇遣い座のところまで豆腐買ってきて

 

使用済み乾電池用回収箱カラス型ロボ餌を持ってく

 

最果ての花屋目指せば軒先の紫陽花すべて枯れているはず

 

ふくもうとくるもうとしてくる闇夜どこにいたってせまってせまって

 

植物に聴かせる用の音楽を止められないまま弱る筋力

 

多様性とか思っちゃった置き場所に困った自我を片したいだけ

 

アセンション済証明書貰えると一生鮭がお得に買える

 

空咳が許されているタイミングだったかてか気持ちか、あれも

 

地に足がついてたときの言葉たち狸顔負け悪夢に化ける

 

帰りたい帰りたくない帰れません帰るところがもうありません