八月十五日(月)
今日はのんびりする日。夜までは予定もないし、やりたいことも特になかった。ベッドの上でフォロワーにLINEを返したり、日記を書いたりして過ごす。
十八時頃。ようやく宿を飛び出して、ひとまず街をお散歩。
△ Danov hill(眺望)
△時計台
丘の上に登ったらちょうど虹が出ていた。幸先がいい。
七時過ぎになって目当ての場所に到着。プロブディフの円形劇場だ。今日はなんと、ここでソフィア国立歌劇団によるオペラ『カルメン』を観劇します!わーい!
プロブディフへ着いた日にたまたまポスターで開演情報を知って、そこからずっと楽しみにしていたのだ。実はこのためにわざわざ滞在日数も延ばした。夫も私も文化芸術に興味がある方だし、さすがにこんなシチュエーションは放っておけない。
ドレスコードだけが少し心配だったけど、野外ということもあってかTシャツに短パンのひともけっこういて全然大丈夫そうだった。全体的にラフな雰囲気で、地元のひとたちが家族で観に来ているような感じ。私はオペラ初体験だったため、緊張しなくてもいいようなリラックスした環境で良かったと思った。
古代ローマ人と同じように石畳の席に座りながら、のんびり開演の時間を待つ。
九時開演。空もいい感じに暗くなってきた。劇がはじまってすぐ「ちゃんとした感想にするのは無理」と悟ったので、ざっくりした雑感だけまとめておこうと思う。
・最近旅疲れというか情報疲れでくしゃくしゃしていたのもあり、指揮者の方が出てきた瞬間に「芸術体験としての硬度・強度が高すぎて、いまこれを受け止めるのはきついかもしれない」と感じた。
・が、それも一瞬のことで結果としてはめちゃくちゃ没入して観ることができた。
・一応ステージ右上のスクリーンに英語字幕が出るのだが、どうせ読めないと思って最初の時点で諦めた。それがかえって良かったのかもしれない。
・カルメンがとても魅力的だった。遠くからで表情も読めないのに、堂々としていて、大胆で、気位の高いことが伝わってくる。足を踏み鳴らして踊る姿が力強くて素敵だった。豹柄のドレスがよく似合う。
・『ハバネラ』まさしくカルメンのための曲だと思った。いや、それはそうなんだけど……。この曲の、美しく妖しく、忍び足で、油断ならない雰囲気がカルメンにぴったりだと思った。後で調べたけど歌詞もいい。
・カルメンとエスカミーリョの出会いの場面、良かった。二人とも肉体の存在感がすごい、迫力が完全に調和していた。気高いうつくしい生き物同士が相手に自分と同じにおいを嗅ぎ取って、神秘的な予感と共に感化されていく過程が伝わるようだった。
・カルメンがドン・ホセのことを全然好きじゃないということもめちゃくちゃ伝わってきた。ほんとうに利用しただけ。事前に調べた筋だと「ドン・ホセが復縁を迫る」とか書いてあったけど、カルメンの意識ではそもそも付き合ってなさそうだなと思った。
・(ラストについて)観劇後、夫が「二人とも愛を通した結果って感じだったよね」と言っていたが、私の意見では「あれは愛じゃなくて我執」。愛を通すだけなら他にもやりようがある。刺されそうな場面でそれでもお前の思い通りにはならないって突っぱねるのは、(エスカミーリョへの)愛ではなく、元々備わっていたプライドによって成せる技だ。ドン・ホセはもっとわかりやすい。振られた相手に執着して殺すのはもはや愛ではない。
結論、めちゃくちゃ良かった。拍手しすぎて手が痛い。会場総立ちだった。
観終わった後は小粋なバーで感想でも言い合おう……という話だったが、実際にはそのへんのファーストフード店でピザとケバブをテイクアウトして雑に食べた。やたらとお腹が空いていたのだ。それに劇で気持ちが満たされてしまって、食事はなんでもいいやという気分になっていた。そういうのもありだと思う。
適当なところに腰をかけていたら、半裸の男性と服を着た女性が肩を抱き合いつつ目の前を歩いて行ってなんかよかった。いい夜だな。
八月十六日(火)
夫が起きてくるまでカルメンの曲を聴きながら過ごした。もし猫を飼ったらカルメンって名前をつけたい。
五日間お世話になった宿をチェックアウトして、来たときに降りたバスステーションへ向かう。ソフィア(ブルガリアの都市)行きのチケットを買い、十二時半発のバスに乗車。たまたま特等席だった。プロブディフよさようなら。楽しかった。
△遠くに見えるのがソフィア
十四時半、ソフィアに到着。大雨。長距離移動に慣れすぎてニ時間だとちょっと物足りなく感じた。バスや電車の中で音楽聞いたり外を眺めたりしてる時間、好きなんだよなあ。
雨が弱まるのを待って次の宿へ。
部屋の各入り口に星座のマークが書かれていて嬉しかった。リノベーション中でちょっと廃墟みたいなところだけど……。私たちは双子座の部屋だった。
遅い昼食、というか夕飯。食べた後は明日のひとり歩き用にいろいろ準備した。