八月二十四日(水)
八時。早起きできたのでチェックアウトの時間まで散歩することにした。
△「何見とんねん」
ボンネット・オン・ザ・キャット。
昨日行き損ねた聖ヨヴァン・カネオ教会(おそらくオフリドでいちばん有名な教会)を目指して湖沿いを歩いた。朝ということもあって少し曇っていたが、これはこれで雰囲気があって好きだ。湖には憂鬱な顔が似合う。
ボルダリングできそうなぐらいすごい地層。五歳ぐらいの子供がよじ登ろうとしていて、もはや本能だなあと思った。
上のほうまでやって来た。
教会にいた賢そうな犬。おそらく野良。
懐いてくれたのか、一度話しかけたら私たちの後ろをついてきてくれるようになった。人の足のにおいを嗅いで安全を確かめている。
△カネオ教会
見晴らしのいいところまで登って後ろを振り返ると、いつの間にかさっきの犬が一緒に来ていた。
小道を案内してくれるみたいなので大人しくついていく。この辺一体がこの子の縄張りらしく、時々立ち止まっては草むらや木の根にマーキングをしていた。
辿り着いた断崖。いい後ろ姿だ。
宿のチェックアウトまで一時間を切っていたので、ここでさよならを言って別れた。素敵な景色を見せてくれてありがとう。
急足で宿に戻り、荷物をピックアップしてストルガ行きのバスに乗車。
時刻表も何もないバス停で待っていて本当にここでいいのか途中まで不安だったが、たまたま居合わせたお姉さんが「あと十分ぐらいで来るよ」と教えてくれた。旅に出てから本当に人の善意に助けられることが多い。
△詩の夕べのポスター
隣町なので一時間もしないで到着した。予約してあった宿の一階がなぜかフィットネスジムになっていてウケる。
お昼ご飯。サラダとスープにパンというヘルシースタイルなのに、なぜか死ぬほどお腹いっぱいになる。スープは具が牛肉とマッシュポテト(!)で美味しかった。ちなみにこれ全部で千四百円ぐらい。ご飯が安くてうまい国は偉大。
△ドリン川
お昼寝してから再度お出かけ。寝ている間に雨が降ったようだ。
オフリドはシーシャ&カフェ文化が盛んなのか、スコピエに着いた時から至る所に甘いにおいが漂っていた。時間と体力の都合で行きたくてもずっと行けていなかったので、この辺で一服しておくことに。
パスタも美味しい。シーシャ吸ってドリンク二つとパスタ単品頼んでやっぱり千四百円ぐらいだった。北マケドニアのことがどんどん好きになる。
八月二十五日(木)
今日はストルガの詩の夕べに行く日だ。五日間開催されるうち、とりあえず初日だけ見に行けたらと思って昨日今日とストルガに宿を取ったのだが……よく考えたら、どこで何をやるのか、そもそも一般人も参加できる祭りなのか、何も把握していないことに気がついた。というか、気づいてはいたんだけど、行けばなんとかなると思ってノリで来ちゃったんだよね。公式ホームページのプログラムを読んでもよくわからなかったし、情報を探そうにも日本語記事なんか出てくるわけがないから、「調べてなかった」というよりは「調べられなかった」って感じ。あとまあ、プロの詩の朗読を見ることができたとしても、使用言語はマケドニア語か英語なわけで、何もわからない可能性が高い。
それでも何かの記念になればいいなあ、ひとつぐらい面白いことがあればいいなあ、ぐらいの気持ちでいたのだが、さすがに当日ともなるともう少しどう動くか現実的に考える必要が出てくる。私たちはいまさら焦った。
△ポエトリーパーク
△大岡信を讃える樹(1996年受賞)
プログラムによると、十二時から街の公園で今年の金冠賞受賞者を讃える樹の植樹が行われるらしかったので、ひとまず下見に来てみた。一時間前なのに誰もいないし、何の準備もされていない。不安……。
でも、歴代の受賞者を讃える樹がたくさん生えているのを見ると、場所はここで間違いなさそうだ。
まだ早かったので一旦退いて朝ご飯。ケーキは見た目で選ぶに限る。
食べながら、「いやあ何も調べてなかったわ」「もうちょっと色んなひとに情報聞けばよかったね」とプチ反省会をした。まあ何もなかったらなかったでしょうがない。
十二時。ようやく人が集まってきた。カメラを持っている人や、スタッフっぽい人の姿もちらほら見られる。
夫が場を離れている隙に知らないおじいちゃんに話しかけられて、紙のプログラムを見せてもらった。今日はここで植樹があるのと、夜八時半からホテルでオープニングイベントがあるのが主みたいだ。
いろいろ調べてみると明日以降の方が楽しそうな気がしたので、今夜行ってみて感触を確かめてから延泊するかどうか決めることにした。
谷川俊太郎(今年の金冠賞受賞者)を讃える樹、もしやこれか……?!
これでした。
司会者から開会の言葉があり、その後谷川俊太郎に代わって息子の谷川賢作氏が受賞の言葉を述べた。続いて、四元康祐氏による『木(作・谷川俊太郎)』という詩の朗読が行われる。書き下ろしなのかそうでないのかはわからなかったが(にわかでごめんなさい)、学校に行きたくない少年の心を書いた詩だった。四元氏の静かで落ち着いた声と、谷川賢作氏のカリンバの演奏がこの小さな公園にやさしく調和していて、よかったなあと思った。ひさびさに外で聞いた日本語がこれで嬉しかった。
その後は(おそらく)海外の著名な詩人による詩の朗読が行われた。たぶん。我ながらずいぶんあやふやだな。予想通り何を言っているか聞き取るのは難しかった。が、「詩」を聞くためだけに人々が公園に集まっているのを見たり、朗読する声のかんじを味わったりするだけでもけっこう楽しい。いい雰囲気だった。
式が終わった後、お二方の同行の方と目があって、「こんにちは」というと「たまたまですか?」と聞かれた。集まっている人の大半がおそらく地元の人か関係者で、アジア人は他にいなかったから珍しかったのだと思う。たまたまなんです、マケドニアには来て五日ぐらいです、と夫が答えて、その流れで谷川賢作さんとも少しお話しできた。夢か?死にそう。普段はミーハーなところがあまりない私でも、好きな分野のことになるとさすがに弱いなと思った。
この後はホテルで記者会見があるとのことだったので、私たちはお暇してお昼ご飯を食べることにした。夜のイベントも楽しみだ。
☆
十九時過ぎ。日が暮れてきたのでふらふら川べりを散歩しながらイベント会場のホテルに向かう。
来ました。楽しみ。
けっこうしっかりした服装をしている人が多かったので(賞のレベルや場所柄を考えればそれはそう)、一般の人は入れない・もしくは何らかの予約が必要なのでは?とまたも疑問が浮上してきたが、スタッフさんに尋ねてみたところ特に問題ないとのことだった。名前が書いてない席だったら自由に座っていいそう。チケット代も特にかからなかった。
二十時半、始まりました。いやあ良かった。オープニングの詩の朗読&パフォーマンスにまず惹き込まれた。迫力のある声がかっこいい。『A CLEAR NIGHT』というタイトルの詩のパフォーマンスで、白いワンピースを着た少女たちがランタンを持って踊るのが印象に残った。
その後は主宰者による開会の言葉、谷川賢作氏と四元康祐氏による挨拶、詩の朗読、そして演奏(谷川賢作氏の弾く鍵盤ハーモニカの音色が、とても懐かしい響きだった)と続き、あとは各国の著名な詩人たちの朗読が行われた。二十名ぐらいはいたと思う。
が、やはり立ちはだかるのは言語の壁。朗読に合わせて舞台上のスクリーンに四言語表示されるのだが(英語とフランス語、あとの二言語はわからなかった。どちらもキリル文字を使っているのでたぶん内一つはマケドニア語?)、当然どれも読めない。断片でしか言葉を拾うことができず、不勉強を後悔した。「この人"なにもわからない"みたいなことをずっと言ってるな」とか、「たぶん、花と珈琲が出てくるかわいい詩だな」とか、わかるのはその程度。それはそれで面白かったけど、もっと英語が出来たらこの中から好きな海外の詩人が出来たかもしれないのに……と思うと苦しかった。
明日以降延泊するかどうかについてはかなり悩んだが、肝心の「言葉」がわからないのであれば仕方ないと思い、やめておくことに。でも、今日一日だけでも充分すぎるぐらいの体験ができた。大満足だ。
詩が好きで、且つ言語が強いひとにはめちゃくちゃおすすめのイベントです。