八月二十八日(日)
次の街・ジロカストラ行きのバスに乗るため、四時半に起床。三十分で支度をして外に出た。バス停に着くのがたぶん五時半頃、バスの出発が六時と考えるとなかなか良い感じだ。
まだ真っ暗。野良犬がその辺で寝てるからうっかり踏まないように気をつけようねと話した。
バスステーションの休憩所でコーヒーを飲んで眠気覚まし。エスプレッソに砂糖をたっぷり入れて飲むのが美味しい。早起きに成功したおかげで時間に余裕があったので、クッキーを齧ったりしつつしばらくのんびり過ごした。が、しかし……。
六時近くになってもそれらしいバスが来ない。不安になってその辺でたむろしているバスの運転手さんたちに「ジオカストラ行きのバスは?」と聞いてみたら、みんな口を揃えて「ノン!」と言う。え〜?
一昨日夫が休憩所の店員さんに聞いた時は「明日も明後日も朝六時からバスが出てるよ」と言われたし、さっきここに着いたばかりのときも「まだ来ないからここで待ちな〜」みたいに言われたんだけどな……。嘘〜?
諦めきれずにジロカストラ行きのバスを探してその辺をうろちょろしていたら、向こうのほうから英語話者のおじさんに呼ばれて、
「今日は日曜日だからジロカストラ行きのバスはないよ。一度ティラーナを経由して行くしかない」
と、わかりやすく説明してもらった。
私はそれを聞いてすぐ納得してしまったのだが、夫は「聞いてた話と違う、そんなはずない」「ネットの時刻表では日曜日も運行してると出てる」と腑に落ちない様子。しまいには「なんか騙されてるのかも」「あの店員、適当言ったのかな。ここで働いていて知らないわけないのに」と言い出したのでちょっとイラッとした。
休憩所の店員さんが別管轄であるバスの運行まで完璧に把握してるとは思えないし、悪気なく間違った情報を伝えてしまうことだってあるだろう。それに、この状況でバスの運転手がグルになって私たちを騙したところで別にたいしたメリットはない。提示された運賃も常識の範囲内だった。それに何より実際問題乗りたいバスが見当たらないんだから、素直に言われたことを受け入れるしかないんじゃないの?と。
△青が一度捨てたルート/ピンクが実際に選択したルート/赤が現在地
が、夫が落胆する理由もわかる……。なぜならいまここでティラーナを経由するとなると、歩いて国境を越えてこの街に来た意味がなくなるからだ。オフリドからバスでティラーナに行き、そこから南下してジオカストラ等の街を転々としつつまたティラーナに戻る……という利便性の高いプランを捨て(※ティラーナは大きい街なので交通網が発達しており、どこへ行くにもここを経由するとスマート)、わざわざ徒歩国境越えというロマンを取ったのだから、そこにそれなりの意義が欲しかった、という気持ちは私にもないではない。とはいえだ。
ここでゴネて来ないバスを待って、ティラーナ行きのバスさえ逃してしまったらどんどんジオカストラへの到着が遅くなる。不意に振り出しに戻されるのだって旅らしくていいじゃないの、と不機嫌な夫を説得しつつなんとかバスに乗り込んだ。
来た道を戻ってくね〜。
夫の不機嫌さに当てられて私も若干イライラしてしまったのだが、山と朝日を眺めていたらちょっとずつ気持ちが切り替わっていった。言葉もわからない異国の地で、私みたいに言われたことをなんでも素直に受け入れていたら本当に騙されることだってある。
だからこういう些細な考え方・感じ方の違いは結果的に相補の役割を果たしていると捉えるのがいちばんいいと思った。そもそも私は海外旅行の経験もほとんどないんだから、夫の用心深さはありがたい。私ひとりきりだったらこれまでの一ヶ月で五枚は絨毯を買わされていただろう(※トルコで詐欺といえば絨毯)。
それにしてもこの手のミニバスは酔う。山道で揺れるし、エアコンの効きが弱い上に窓が開かず換気もできないので……。途中休憩タイムがあって本当に救われた。
洗車仕立ての車に野良犬がマーキングしてくのを見て二人でゲラゲラ笑いつつ(ひどい犬〜)、再出発。
九時半、ティラーナ到着。が、ジロカストラ行きのバスがどこから出てるのか聞いてみると、なんとまた別のバスターミナルに行く必要があるとのこと。調べたら五キロ以上距離がある……。
どうしようかと散々迷った挙句、タクシーを使うことになった。割高にはなるものの、他に手段もないし仕方ない。
バスの発着とタイミングが合わず、二時間待つことに。でもそのおかげでご飯を食べる余裕が出来た。昨日の夜から何も食べてなくてお腹が空いていたので結果オーライだ。夫も今朝とは違って「この上手くいかなさが旅だよね」と諦めポジティブな雰囲気。前向きになってくれてよかった〜。
十二時ちょうど、ようやくジロカストラ行きのバスに乗車できた。ここからまた三時間!予期せぬ長時間移動、痺れるね!
十五時、着!
結局九時間ぐらい移動にかかってしまった。しかし山肌のゴツゴツした感じといい、照りつけるような暑さといい、なんとなくギリシャに近いものがあって良い空気感だ。実際このあたりはアルバニアの中でもかなり南の方で、位置関係的にも近いのだった。
さすがに疲れたので宿に着くと速攻で寝た。
十八時半。雲の感じが夏。
八月二十九日(月)
泊まった宿が嬉しい朝食付きだった。
朝から野菜を採れるのって健康的でいいな。チーズの塩っ気だけを頼りにトマトときゅうりを食べてみたら美味しかった。自家製のハーブティーもすっきりした味わいで嬉しい。
あと、庭に何匹か鶏がいたので、もしかするとこのオムレツは採れたての卵を使ってるのかも。
宿の飼い犬。まだ甘えたい・遊びたい盛りの子犬だからか、人の気配を察知すると物凄い勢いで駆けて飛びついてくる。かわいいけど、昨日出会ったばかりの時は感染症のリスクが気になってしまってあまりきちんと相手できなかった。甘噛みが怖い。飼い犬だから大丈夫だとは思うけど……。
オーナーさんも「ノープロブレム」と言っているので、今日は安心してちょっとだけ一緒に遊んだ。名前はハルーン。
私たちがご飯を食べてる間中、テーブルに潜って足を舐めてきたり、傍でジッと座ったりしていてとても癒された。
△建物の間からジロカストラ城が見える
今日はひさびさに観光。それにしても坂がすごい。観光地ってだいたい急な坂の上にある気がするね、と夫と話した。
しばらく歩いてようやく旧市街のメインストリートっぽいところに出た。飲食店と土産物屋が軒を連ねている。
△坂からの景色
そこからまたさらに上にのぼってジロカストラ城へ。十九世紀の初め頃に建てられたお城で、世界遺産にも登録されているそうだ。
△回廊
入ってすぐ、石造の廊下に戦車や大砲が並べられている。
この中に人が入って実際に戦ったりしたのかな……と思うとちょっと怖い。すぐ近くに第二次世界大戦関係の銅像が立っていたので、おそらくその頃のものかなあ。
回廊を抜けて見晴らしのいい場所に出た。これだけ高い場所にあったら確かに攻めにくそうだ。
なぜかアメリカ軍の飛行機が飾られている。
時計塔。
風に揺れるアルバニア国旗。世界でいちばんかっこいいんじゃないかと思う。コカコーラと同じ配色だね。
改修工事中なのかけっこう"そのまま"になっている場所が多く、いろいろ剥き出しなのがすごかった。ちょっと廃墟っぽい雰囲気がグッとくる。
細い階段を登ってみると瓦礫の山。
ひと通り城の中を見た後は街でお昼ご飯を食べた。トルコでも食べたキョフテ(写真手前)がやっぱり好きだ。ハンバーグみたいなんだけど、お肉自体に塩胡椒とハーブでしっかり味がついていて独特の濃さを感じる。
△「暑い……」
△帰り道
それにしても暑い。ブルガリアで「夏、もう終わりだな」って思ったはずなのに。
何度も夏の終わりを繰り返すパラレルワールドみたいだね、と夫が言った。