十月二日(日)
カミーノ巡礼四日目。昨日買ったケーキがあるとわかっていたので、今日は起きた時からなんとなく気分がよかった。洗濯物もばっちり乾いたし、雨だって降っていない。ハッピー!
チーズケーキをはんぶんこして食べて、七時半にはスタート。今日は二十三キロ歩く。
心なしか、昨日起きた時よりも今朝の方がずっと元気だった。毎日終わり頃にはヘトヘトでもうダメだ、もう動けないと思うのに、一晩寝ていざ宿を発つと「待ってました!」という気持ちになるから不思議だ。
かっこよすぎる市役所。バイバイ、パンプローナ。
しばらくの間はコンクリートの道路が続いた。今日はあの向こう側に見える山を登るんだよ、と夫。三日前にも山を越えたばっかりなのに……とは思うものの、やっぱり近代的な町を歩くよりは自然道を行くほうが楽しみなのだった。
くだらないことや重要なことを考えたり、そのうちの一部を夫に話して意見を聞いたりしつつ、黙々と足を動かし続ける。その中で印象的だったのが、「クリスチャンの人たちにとっては聖地を目指して歩く時間が信仰と向き合う時間になるわけだけど……」と言いかけた時に、「確かに。でも、宗教は関係ないんじゃないのかな。哲学にせよ、自分の中にある問題にけよ、何に向き合うかは人それぞれだと思うよ」と言われたことだ。巡礼を通して何を自分の中に残せるか、というのは元々考えていたテーマだったので、完全に同意だった。
まだ四日目でたいしたことは言えないけれど、ひとまず今日の私の目標は「手帳を書く時間を作ること」。毎日激しく体力を消耗する中で、短歌を詠んだり日記を書いたりといった本来の自分にとっての最優先事項をいかに守れるか……というのが私の中にある軸のひとつかな、と思った。問題はそこを基点にどこまで掘るのか、なにを掘るのか、あるいは塗ったりくっつけたり焼いたりする作業が必要なのか……。
結局このやりとりがきっかけになって、今日はずっと取り止めのないことを考えながら歩いた。
線路が見える。
刈り取りが終わったあとの麦畑。
で、五七五になると気がついたので、二人で下の句を考えながら歩いた。夫に「上の句で情景描写が完成しているから、下の句ではもっと詩情を出したい」というようなことを言われ、ほとんど短歌詠んだことないのに中々心得てるな……いやまあ私も初心者ですが……という気持ちになった。
神々しい犬たち。左右の麦畑(たぶん)を眺めつつ、緩やかな上り坂が続く。
疲労の蓄積が問題化しやすいタイミングなのか、足の不調(膝を痛めた、血豆ができた等)を訴えている巡礼者が増えた気がした。みんなお大事に……。
△ちゃんとした写真がなかった
十時半。十一キロほど歩いたところで休憩。ちょうどいい町があったので、教会のそばでコーヒーを飲みながらしばらくのんびりした。だいたいこのぐらい経過したら休む、という一定のリズムが掴めてきた。
一回座ると立ち上がるのがつらい。さっきまではなんともなかった箇所がめちゃくちゃな筋肉痛で、歩き方が変になってしまった。休まないとつらいのに、休んでもつらい……しかもこのあたりから斜面がグッと急になった。日差しもかなり強く、背負っている水がぬるくなってきたのを感じる。
老人を舐めるな!ワシはまだ若いんじゃ!と頭に怒りマークを浮かべながらガツガツ登っていった。
△山の上に見えていた風力発電がどんどん近づいてきた
しかし不思議と初日ほど上り坂が苦ではない。体力がついたのか、道自体が楽なのか。
十一時四十分。山の頂上に着いた。荷物を置いて休憩。素晴らしい眺め!
かっこいい石碑群もある。
ここまで頑張って持ってきたチョコレートタルトを二人で分け合って食べた。チョコがドロドロに溶けているけど、もはやこの景色を前にしたらなんでも美味しい。残り十キロ!
足腰が凝り固まって立たなくなる前に出発。今度は大きな石がゴロゴロ転がる下り坂だ。これはこれできつい。ちょっとでも足の踏み場を間違うと捻ったり転んだりするため、一歩一歩注意が必要で、非常に精神力を消耗される。
十三時半、いちばん気温が高くなる時間。日陰になる場所がまるでない。今朝巡礼仲間が「今日は二十七度になるらしいよ」と言っていたのを思い出した。
途中の町でベンチに座って小休憩。いままで散々甘やかされて育ってきた太腿が死ぬほど痛い。
十四時半。あと四、五キロ!
スペインの猫はみんな釣り目だなあ。気のせいかなあ。
十五時過ぎ。小さな町を二つか三つ通り過ぎ、ようやく今日の目的地プエンテ・ラ・レイナに到着した。
町のすぐ入り口にアルベルゲがあるの、本当にありがたい……。しかも今日の宿はめちゃくちゃ安くて一人七ユーロだった。現在のレートでも千円以下。いつもは全部夫に手続きを任せてしまっているのだが、今日はなんとなく気が向いて自分から受付の人に話しかけてみた。拙い、簡単な英語でも通じるのが嬉しい。
シャワーと洗濯を済ませてビール!
ご飯も頼もうとしたけど、「ピルグリムメニュー(巡礼者向けのディナー)は十九時以降だよ〜」と言われて断念。ほどよく酔っ払ったところで足を引き摺りながら一旦宿に戻る。もうぜんぜん機敏に動くことができないので、車か自転車に轢かれそうになったらそのまま死ぬしかないと思った。さすがに八キロぐらい痩せてほしい。
うーんこれは痩せないな!
十ユーロでこんなにでかい肉を食べさせてくれるのは本当にありがたい。巡礼者に優しいレストランのおかげで今日も飢えずに済んだ……。
「つまりさ、うさたろの言い分はこうってわけ。人間は自転車や馬を使う。そしてうさぎは人間を使う。だからズルじゃない」
「日本の飲食店では水がタダで出てくるけど、ヨーロッパでばパンがタダだよね」
※カミーノでは自転車や馬を使っての巡礼が認められている。
みたいな話をしながらデザートまでしっかり食べた。
帰ってからは当初の予定通り手帳・日記を書いておしまい……しようと思ったらイタリアから来たみんなのパスタパーティーにお呼ばれしてお腹が破裂しそうになった。みんな英語が話せない私にも優しくしてくれる。何もわからないけど明日からまた楽しみだ。