カミーノ オリーブの木がある休憩所

十月三日(月)

 カミーノ巡礼五日目。目を覚ますと同室のブラジル人男性(大柄で、柔道黒帯で、タトゥーがめちゃくちゃに入ってるけど、笑顔が優しい)が最小限の光の中荷造りをしていて、夫婦共々「ギャップだ……!」と、ときめいた。いい朝だ。

 

f:id:shiroiyoru:20221004001137j:image
f:id:shiroiyoru:20221004001143j:image

 

 八時。今日はゆっくりめのスタート。同じ宿に泊まっていた大半の巡礼者はもう出て行ったみたいだった。日中、またかなり気温が高くなることを考えたらある程度急いだほうがいいのだが、なんとなくまったりした気分でそういうモードにならない。毎回テンポ良く歩いていってしまうので、たまには景色を楽しみながらマイペースに行くのもいいんじゃないかな、という話に。

 

 しかしそれにしても相変わらず体が燃えるように熱い。風邪でも引いたのかな?と思うレベルだが、別にだるいとかどこかが痛いとかはないのだ。筋肉痛も一晩で全部治った。夫に話すと「ベジータみたいだね」と、雑なコメント。まだ日が昇り切る前だったが、あまりにも体が熱すぎるので最初から半袖で歩くことにした。感じる外気自体は冷たい。

 

f:id:shiroiyoru:20221004001301j:image

 

 レイナ橋。飛行機雲が落書きみたい。

 

f:id:shiroiyoru:20221004001339j:image
f:id:shiroiyoru:20221004001343j:image

 

 しばらくの間は平坦な道が続く。今日は二十一キロ歩く予定だ。たぶん、そろそろトータル百キロを越える頃合いだと思う。全行程の八分の一がもう終わってしまうことを考えると少し切ない。

 

f:id:shiroiyoru:20221004001442j:image
△うさたろ匂わせ写真


 九時二十分。五、六キロ歩いたところで朝ご飯を食べた。分厚いベーコンの挟まったパンが美味しい。食べ終わってお皿を返しに行く時、覚えたてのスペイン語で「Está muy rico.(とても美味しいです)」と伝えてみると笑顔で喜んでくれてよかった。


 ついでに近くの個人商店で林檎とチョコレートを購入。夫は「朝は甘い物がいい……」と言ってさっきカステラしか食べていなかったので、ついでにチョコレートクロワッサンも買って食べていた。

 

f:id:shiroiyoru:20221004001516j:image
f:id:shiroiyoru:20221004001511j:image

 

 ぼちぼち歩き始める。いままでは一度休んでから立ち上がると、蓄積していた疲労が急に表面化してどこかしら痛くなっていたのだが、今日はそれがなかった。まだあんまり歩いていないからというのが大きそうだけど、少しは体が慣れてきたのだろうか。

 

f:id:shiroiyoru:20221004001528j:image

 

 一面の葡萄畑。夫が「地面に落ちてるやつだったら食べてもいいってルールを聞いたことがある!」と教えてくれたが、「そんな拾い食いみたいなことしたらお腹壊すよ!」と言って結局やらなかった。私は。

 

f:id:shiroiyoru:20221004001535j:image

 

 夫の足に血まめができてしまったので、途中薬局に立ち寄ってヴァセリンを買った。道の隅に座ってさっそく手当て。毎日歩いて患部を刺激し続けることになるためら良くなることはなさそうだが、せめてこれ以上悪化しませんように……。そう祈るばかりだ。

 ちなみにさかなちゃんはいまのところ全くの無傷。強いから。面の皮ならぬ、足裏の皮が厚いのかもしれない。

 

 この後もクレデンシャル(巡礼証明書)にスタンプが押せるスポットを見つけて立ち止まったり、いつもより余裕を持って進んでいった。

 

f:id:shiroiyoru:20221004001555j:image

 

 十一時。残り十三キロ。手作り感のあるかわいい木の矢印を見かけた。

 

f:id:shiroiyoru:20221004001620j:image
f:id:shiroiyoru:20221004001624j:image

サンティアゴまで六百七十六キロ


 その後すぐ、明らかに個人の手で作られたと思われる休憩スペースに出くわした。オリーブが生い茂る木の下でしばらく腰を落ち着けて休むことに。たいして疲れていたわけでもないのだが、あまりに雰囲気が良かったのでつい吸い寄せられてしまった。

 不要品や読み終わった本を置いていける棚も作り付けられており、完全に巡礼者に向けた好意を感じる。

 出る時に、「誰がこんなところ作ったんだろうね」「たぶん、本当にその辺にいる気の良いおじさんだと思う」という会話をした。巡礼路がいかにスペインの人たちにとって大切で、ひとりひとりの優しさや信仰心によって支えられているものなのかよくわかる一件だ。

 

f:id:shiroiyoru:20221004001640j:image

 

 またしばらく歩いて行くと、今度はなんと机の上に冷たい水と軽食が置いてあるのを発見。お金は寄付制のようだったので、夫婦でお菓子をひとつずつもらって缶の中に一ユーロ入れておく。ちょっと多い気もしたけど、感謝の念を込めて、だ。

 

f:id:shiroiyoru:20221004001654j:image
f:id:shiroiyoru:20221004001649j:image

 

 十二時半。日は完全に昇り、だいぶ暑くなってきた。辺りは平原が広がるばかりで陽射しを遮る物は何もない……しかもあと七キロ以上ある。

 この辺で前半ダラダラ歩いていたことを急に悔い始めた。涼しい午前のうちはサクサク歩いて、暑くなり始めたらゆっくりするほうがいいよね、という真理について二人で話す。とはいえ朝のんびりしたかったのも事実だし、その時々の気分を大切にした結果だから、まあ仕方のない話だ。

 

f:id:shiroiyoru:20221004001714j:image

 

 通りがかった街角にポメラニアンみたいなススキが生えていてかわいかった。

 

f:id:shiroiyoru:20221004001723j:image

 

 十三時四十分。後半はほとんど休まずに歩き続けた。

 給水スポットで水を汲んでいる最中にフランス人のご夫婦と知り合い、四人で記念写真を撮ったのが嬉しかった。二人はボルドーにある自宅から歩き始めていて、そろそろ巡礼二週間目になるらしい。大変そうだけど夢のあるプランだ。

 

f:id:shiroiyoru:20221004001754j:image

 

 十四時半、目的地のエステーリアに到着。今日もよくやった。

 

f:id:shiroiyoru:20221004001812j:image

△二段ベットの下に寝転がって見上げてみると……


 内田も泊まったことがあるアルベルゲに無事チェックイン。そんなとこに落書きしたらダメじゃないのさ。

 

 内心でこっこりチェックイン・トライアスロンと呼んでいる一連の流れ(ベッドに使い捨てシーツを敷き、風呂に入って洗濯)を素早くこなし、しばらくはベッドの上でひっくり返って過ごした。疲れたには疲れたけど、やっぱり最初ほどではない……と思う。

 

f:id:shiroiyoru:20221004015915j:image

f:id:shiroiyoru:20221004001053j:image

 

 一息ついた後はビール。店で休んでいたら今日はあまりすれ違わなかった巡礼仲間が駆け寄ってきて、ハグをしてくれた。嬉しい。しかもうさたろのことまで気にかけてくれる。

 

f:id:shiroiyoru:20221004033618j:image

 

 今日はピルグリムメニューではなく、スーパーで生ハムやチーズを買って軽くつまみながらお酒を飲むことにした。ワインが安い。


f:id:shiroiyoru:20221004033610j:image
f:id:shiroiyoru:20221004033614j:image

 

 アルベルゲのキッチンに買ってきたものを全部広げ、夕飯の準備。食べていたらいろんな人が話しかけてくれて楽しかった。近くで宴会をしていたブラジル人のグループに記念撮影係を頼まれたことがきっかけで、わたしたちもツーショットを撮ってもらうことになった。ついでにサンバも踊る。根暗が強制的に治療されていくのを感じた。