十月八日(土)
カミーノ巡礼十日目。大寝坊した。いつもは他の巡礼者が荷造りする音で自動的に目が覚めるのだが、個室に泊まった今日はそれがなく、パッと起きて時計を見てみると九時過ぎ……。やばい。ふかふかのベッドに油断し過ぎた。
同じタイミングで夫も起き出してきたので、どうしようかと相談しつつ、ひとまずは落ち着いて朝ご飯を食べることになった。チェックアウト時間自体は十時半なので、実はそこまで焦る必要もない。これがアルベルゲだと八時から九時の間が最終チェックアウト時間になっていることが多いのだが、今回は普通のホステルに泊まったので命拾いした。
相談の末、ひとまずは当初の予定通り二十三キロ先のベロラドを視野に入れながら歩くことになった。が、これは絶対ではなく、そこまで気分が乗らなかったら途中の町で適当に泊まる。
幸い今日は曇り空なので、暑さが原因で歩けなくなることはないと思うのだが、それはそれとしてやる気がないなら無理はしなくてもいいよね、というのが大まかな意見だった。
△私たちの心を体現しているかのような犬
ご飯を食べた後も「床に水こぼした!」とか「あれ仕舞い忘れたかも?!」とかやっていたらかなり遅くなってしまい、結局ギリギリの十時半スタート。通常の三時間遅れになってしまった。でも、ゆっくり休めたおかげで体の方はいつもより元気だ。
サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダ大聖堂。時間がないので中はチラ見して通り過ぎた。
いつもと違う時間にスタートしたからか、歩いていてもほとんど他の巡礼者とすれ違わない。少し寂しいけど、これはこれで落ち着いた気持ちになれていいね、と二人で話した。
葡萄マークの歩道橋。
十二時、ようやく最初の町に着いた。七キロほど進んだ計算になる。ここではエスプレッソだけ飲んですぐに出発した。
猫。
すごく人懐っこい子たちで、私たちが歩き出すと着いてきそうになった。巡礼者にたくさん餌をもらって人馴れしているのだろうか。
デレデレして撫でようとしたら近くにいたおじさんに「あんまり近寄ると引っ掻かれてバクテリア菌をもらうぞ!」と言われ、慌てて手を引っ込めた。心配しすぎだと思うのだが、そんなふうに言われるとやりにくい……。
だだっ広い平原に出た。
この辺で電動自転車乗りの巡礼者に物凄い勢いで追い抜かれ、私が思わず「あれはちょっと……なんかずるくない……?」と反応したことから「カミーノにおいて何がずるで、何がずるじゃないのか」という話になったのがおもしろかった。
「前に読んでたカミーノ関係のブログでも、町で会った他の巡礼者に『じゃ、俺たちは次の町までバスで行くから!』と言われて唖然とするシーンがあったんだよね。それでそのブログの人は『自分は絶対に自分の足で歩き切る!』って決めるんだけど……」と関連して思い出した話をすると、「うーん。電動自転車はともかく、それは別にずるじゃないんじゃないかな」と夫。
反論がきたことに吃驚しつつも興味が湧いて詳しく聞いてみると、「限られた時間内に巡礼を終わらせたいからって理由で時々バスを使いながら歩いている人、出会ったことあるよ。他にも持病があるけどどうしても巡礼したい人とか、基本は歩きだけどコンディションによって仕方なく一日だけ交通機関を使う人とか、いろいろあってもいいんじゃないかな」「それに、便利な道具を使うのがダメっていうなら、俺たちがこんなに良い靴と良い装備を使ってるのもずるだしね。古代の巡礼者からしたらさ」「そもそもここは巡礼路である以前にただの地球の一区画じゃん。クレデンシャル貰わずに歩きたいからってだけの理由で好きに歩いたって良いんだから、なんでもありだよ」と言う。
さらには、「ただ、いくら自由とはいっても自分の心が咎めること、自分自身がちょっとでもずるだと思うことはしないほうがいいとは思うけどね」とも。
私はそれを聞いて、素直に「そっかあ!そうだよね!」と思った。どうも、せっかくの大自然を前にして堅苦しく考え過ぎていたようだ。
一応、最後にサンティアゴで巡礼完了証明書(賞状みたいなやつ)を発行してもらうためには「徒歩で百キロ以上、自転車で二百キロ以上巡礼すること」が条件になるようなのだが、それだって全員が必ずしも最終の目標にする必要はない。
私が「八百キロの道のりを全部自力で歩き切る」と決めているのはあくまでも個人的な話だし、「伝統的にそういうやり方がある」「体感的に、同じくそうする人が多い」を「必ずしもそうしなきゃダメ!」という話にすり替えるのは確かに違うなあと思った。これは他のいろんなことにも言える話だ。
人には人の事情や考えがあると認めた上で、自分の心のルールを守ることが大切なんだと気付いた。
しばらく歩いているとまた別の小さな町があった。寂れ具合がいい感じだ。休憩できるバルもあるようだったが、今日は手持ちの食糧がたくさんあるのでスルーすることに。
心くすぐられる土管。ジャイアンがよくこの上でリサイタルを開いているイメージだけど、日本ではあんまり見たことがないな。
この中に潜って遊びたかったけど、それとなく提案したら却下された。
十三時半。ぼちぼち歩き疲れてきたのでその辺の空き地に腰を下ろした。チーズとチョリソーをパンに乗せてお昼ご飯にする。
後から何組かの巡礼者がやってきたけど、しばらくすると誰も通らなくなった。残り十キロ。
点々とある、鳥の足跡のような矢印。
今日は良い雰囲気の町によく出会う。地面に栗がたくさん落ちているのを見て、秋だねえと話した。
十五時。上手くいけばあと一時間ぐらいで着きそうだ。終わりのほうになってようやくちょっと晴れてきたのを感じる。
ちょうど良いタイミングで町があったので、ちょっと休憩して行くことに。ブランコの近くのベンチに座ろうとすると……。
猫!
なんと呼んでもないのに跳んできた。この子もまたかなり人間慣れしており、自然と膝の上に乗ろうとしてくる。かわいい……!
が、さっきのバクテリアおじさんの呪縛のせいであまり喜べない。座ると意地でも人間に乗ろうとしてくるので仕方なく立ったまま休憩した。全部おじさんのせいだ……。
餌くれ〜!って顔。
すごい寝方してる。
私たちがバックパックを背負って出発しようとすると、さすがに諦めたのか日向のほうに逃げていった。
気を取り直して再出発。朝ゆっくりするのも良いけど、そのぶん夜の自由時間が減るなあという当たり前の話をした。明日はちゃんと早起きしたい。
十六時半。ようやくベロラドの町にたどり着いた。
第一候補の宿の入り口で巡礼仲間に会い、「ここはもうフル(満員)だけど、この先のアルベルゲだったら空いてるよ」と親切にも教えてもらう。その情報は一体どこから入ってくるんだろう……。
道中。上手な絵だけど、夜空に浮かんでるおじさんが謎だ。
△今日はこの床で寝ます
教えてもらったアルベルゲまで来たが、なんとここもフルだった。ハイシーズンではないからと油断していたけど、到着が遅くなりすぎるとやっぱりダメみたいだ。この感じだと他も同じだろうしどうしようか……と二人で顔を見合わせていると、オスピタレロが「床にマットを敷いて寝ることもできるけど、どうする?」と言う。全然あり!
その上料金も安くしてくれるというので、喜んで泊めてもらうことにした。空港泊の経験を積んでおいてよかったぜ。
アルベルゲの中庭で寛いでいたら、韓国人の女性が人差し指でハートマークを描きながら「とっても良い雰囲気だから写真を撮ってあげる!」と声をかけてくれた。ありがたい。
時間も遅かったので、今夜はスーパーで適当に冷凍食品を買って済ませた。