十一月一日(火)
カミーノ巡礼三十四日目。他の巡礼者たちのアラーム音で六時半には目が覚めた。まだ眠かったけど、今日は二十八キロも歩くしちょうどいいや、ということでそのまま荷造りを開始することに。のんびりやっていたらそのうち夫も起きてきたので、準備が整うのを待ってさっそく出発した。
七時半。パレス・デ・レイの町を後にする。
今日は天気もいいし道のりもそう険しくなさそうだ。振り返った町越しに眺める朝方の空が美しい。
森の中を歩いていく。ただ、すぐ傍に古い民家が点在して建っていたりと、完全に人里離れた山道というわけではないようだった。勾配も緩やかで登りやすい。
八時半。雰囲気の良いバルを見かけたので朝ご飯にした。お皿の模様がかわいい。久しぶりにスパニッシュオムレツとオレンジジュースという組み合わせを頼んだ気がした。二人で食べられるようにということなんだろうけど、オムレツが串刺しみたいになっててちょっとおもしろい。いや、おもしろがっちゃだめか。
くつろいでいたら猫がやってきた。自分で店の中に入ってくるくらいだし、慣れてはいるのだろうが、微妙に警戒しているようなので付かず離れずの距離を保って接した。
猫と十字架。いつの間にかいなくなったと思ったら外にいた。
よく見たら店の勝手口に猫が大集合している。なんだか元気になった。今日はまだ三キロしか進んでいないので頑張りたい。残り二十五キロなんて聞くと絶望してくる。
しばらく進んだところで玄関に大きな貝殻を飾っているバルがあった。夫が「さすがに偽物だよね」とわざわざ言うのがおもしろく、「本物かもしれない」と返した。
再び森の中に突入。
今日はなんとなくマイペースでいたい気持ちが強く、歩き出してしばらく経ってもいつもみたいにエンジンがかからなかった。もうすぐこの巡礼生活も終わってしまうというのに……、いやむしろだならこそなのか、いま焦ってもしょうがないよね、みたいに思ってしまっていまいち背筋が伸びない。かといって別に気分が落ち込んでるとかではなく、すごくニュートラルなかんじだった。
森を抜けたところでモップみたいな犬が駆け寄ってきて愛おしかった。尻尾をブンブン振りながら夫と私の匂いを交互に嗅いでくる。
こっちはアサシンみたいな目つきの丸い猫。
羊雲。
十一時半。あらかじめ「次はここで休憩しよう」と決めておいたメリデの町に着いた。二人で話し込んでいると十キロぐらいあっという間に過ぎてしまう。
珍しくしっかりめにお昼ご飯を食べた。ガリシアはタコ料理(プルポ・ア・ラ・ガジェーガ)が有名らしく、滞在中に一度は食べたいと思っていたのだ。そしたら今日たまたま通りがかったレストランが試食をさせてくれて、美味しかったからつい……。気が付いた時にはガッツリおつまみを注文して、ビールまで飲んでた。今日の目的地まであと十四キロもあるのに……。まあでも、これで念願叶ったのでよしと思いたい。
クリームコロッケと焼きピーマンも美味しかった。
十二時半。お腹いっぱいの状態で再出発。こんな工事現場にも仮設の矢印が立ててあって優しいと思った。
酔っ払ってなんとなく幸せなまま無心で歩いた。すべてが美しく見えてたまんねえなあ、という感じだ。
犬は昼寝の時間。私も眠い。
サンティアゴ・デ・コンポステーラまで残り五十キロ。
静かな山道を二人で歩いた。夢心地で何の話をしたかあまり覚えていない。
よく見かけるこの子、調べたらやっぱりガリシア州のマスコットキャラクターらしい。名前はシャコベオくん。
十四時。残り八キロ。バルで休もうとしていたら、たまたま通りすがったおじいちゃんに話しかけられた。夫のことを見て「ボーイフレンド?」と聞く。結婚してる旨を伝えると、「病める時も健やかなる時も……」からはじまるあの誓いの言葉を英語で読み上げてくれて嬉しかった。特に聖職者の方とかではないだろうけど、粋だなあ。
後半はちょっと曇り行きが怪しかった。相変わらずいまいちやる気が出ないまま坂を登ったり、降りたり。
午後の光。
今日泊まる手前の町。オレンジと青の配色がかわいい。
十六時半。ようやく目的地・アルスーアに到着。今日はずっと晴れていたし、そんなに険しい道のりでもなかったのに妙に疲れた。
とはいえ、残りの日数が少ないからといって無理に張り切ったりするのではなく、自分の「怠い」という気持ちを無視しないのも大切だと思った。怠いものは怠い。
夫婦共々、宿に着くとすぐ寝てしまった。
十九時。夕食を求めて外へ。
今日は昼ガッツリ食べたので夜は買って安く済ませたかったのだが、どこも空いていなかった。若干予算オーバーだけどピザを食べて元気に。分厚くてカリッとしてて美味しかった。