十一月十三日(日)
今日はルーヴル美術館に行く日。大混雑が予想されるため、開場時間の九時前には着くように宿を出た。
地下鉄を乗り継いで向かう。後になって思い返してみるとこの時がいちばんテンションが高かった。昨日は疲れていてそんなことを思う余裕はなかったけど、やっぱりこうして改めて周りを見ると駅のベンチの形さえおしゃれに感じるし、電車内にはベレー帽を被りこなしている女性が何人もいて、ただ移動しているだけでなんだかいい気持ち。
それにパリといえば昔から憧れていた大都市だし、その中でも特に目玉と言われているルーヴルに行くともなればさすがに期待せずにはいられない。一日で膨大な数の美術品を鑑賞するにあたって、体力的な不安がないでもなかったが、それでもこの段階ではワクワクのほうがずっと勝っていた。
八時半。いよいよ到着。前門からしてかっこいい。すでに興奮は頂点に達していた。ついにここまで来たんだね!とはしゃいで写真を撮りまくる。
ルーヴルのシンボルであるピラミッド。
開場三十分前なのにもうけっこうな数の人が並んでいた。これでも全然前のほうだ。本当に早めに来てよかったと思う。
列に並んで朝ご飯代わりのチョコをかじりながら、入場後すぐモナリザを見に行こうと言う話をした。事前に調べた情報によるとモナリザ周辺は九時十分頃(!)から混雑し始めるらしく、どうせ絶対に見るつもりなら最初に抑えた方がいいのではないかと思ったのだ。それってアトラクション感覚のミーハーな考えかな……という心の引っかかりを若干感じたものの、三万点以上の美術品を目の前にしたらどのみち自分など軽薄な存在にしかなり得ないので、もうそれでいいやということになった。
※ルーヴル美術館の収蔵数は三十八万点以上。その中で表に出ているのが三万五千点。
ルーヴルはこんなにすごい宮殿みたいな建物なのに、入場はこのピラミッドから始まるらしい。変なの。
九時、開場。急げ!私たちと同じことを考える人は山ほどいるらしく、みんな一斉にモナリザ前へ向かっているのがわかった。
初っ端からいきなり見事な彫刻群が。しかし全員華麗にスルー。サモトラケのニケですら素通りされていた。
おっ!?あれって有名な『民衆を導く自由の女神』では?!と一瞬ビビったがやっぱりこれもいま立ち止まって撮る人はいなかった。とりあえず目的はモナリザだ!
モナリザ待ちの整理列。さすがに並んでいる人はまだいなかった。絵の前に一列分の人だかりができている程度だ。
というわけでいざ!ご対面!
これが幼い頃から何度も何度もいろんな情報媒体で目にしてきたあの有名絵画・モナリザなのか……、という感動はあったものの、周りの絵画に比べるとサイズは小さいし、何より厳重に守られすぎていてよく見えない……遠い……というのが素直な感想だった。まあぶっちゃけよく聞く話ではある。それでもいろんなひとの気持ちを急かしたり待たせたりするパワーがこの絵にはあるのだ……と思うと何だか不思議な感じがした。絵はただ美しいというだけではなく、社会的な意味を持つなあ。
モナリザの呪縛から解き放たれたところでようやく順路を戻って『民衆を導く自由の女神』のところまで来た。ニューヨークにある自由の女神像の元ネタだ。
こちらは『ナポレオン一世の戴冠式』。
この辺でけっこう冷静になってきて、ようやく館内地図を確認しようという話になった。ルーヴルは「ドゥノン翼」「リシュリー翼」「シュリー翼」と三つのエリアに分かれており、いま私たちがいるのは「ドゥノン翼」の部分らしい。有名絵画が多く収蔵されているここがいちばん人気のエリアだそうだ。
サモトラケのニケ。ギリシャで別のニケ像を見て以来ずっと気になっていて、ようやく見ることができた。とか言うくせにさっきはあっさり通り過ぎて本当にごめんなさい……。
ギャラリーダポロン。ルイ十四世の指揮によってデザインされた部屋とのこと。飾ってある絵がどうという以前にこの部屋自体がひとつの芸術だ。
十時。もう一度モナリザがある部屋に戻るとすでに行列が出来ていた。みんな絵の前で絶妙な笑みを浮かべて記念撮影してる。
かなりざっくり見ているはずなのに作品数が多すぎて頭がパンクしそうになる。ルーブルに一日しか時間を割かないのはやっぱり無謀だったかと少し後悔した。もしどうしても見切れなかったらパリ滞在中にもう一度来ようと二人で話し合う。
「うさたろはどの絵が好き?」「あれ」
とても体力が保たないので時々椅子に座って休みながら鑑賞を続けた。
美しい天井画たち。ギリシャの神々が描かれている。
それで気づいたらいつの間にかギリシャ・エジプトのコーナーに突入していた。体力が追いつかないから今回はできるだけ西洋芸術に的を絞ろうと話していたはずなのに、恐ろしい。そして一旦足を踏み入れるとけっこう真剣に見てしまう。
印象に残った作品全部を記録しようとするとキリがないので、ここから先はできるだけ数を絞ってメモしておく。
モネの絵。モネといえば淡いピンクやブルーのイメージがあり、真っ白な雪山を描いた作品を手がけているのは少し意外な感じだった。
これはもうちょっと「っぽい」雰囲気。
一眼でルノワールとわかる筆遣い。
額縁だけの展示コーナーなんてものもあった。確かに、これだって精巧な技術が施された芸術品だ。
ニコラ・ド・ラルジリエールという画家の絵。手の習作らしいのだが、一見したときにフェティッシュな魅力を感じて好きだった。
『ぶらんこ』で有名なジャン・オノレ・フラゴナールの絵。夢みたいな色彩とやわらかい線が素敵だなあと思ってふらふらと見入ってしまった。
桃みたい。
マリー・アントワネットの部屋の復元。本丸は同じパリ市内にあるヴェルサイユ宮殿なのだろうけど、ここでもたくさんロココ時代の調度品を眺めることができた。
いろんな種類の石が埋め込まれた机。これひとつで小さな博物館のようだ。これがじっさいにつかうっとりする。
ロココの悪趣味な部分。
十五時。せっかくの機会なので閉館まで粘るつもりだったが、さすがに集中力が切れてきた。フランスではなるべく節約して過ごそう!という誓いを破り、併設のカフェで一度落ち着くことに。コーヒーを飲んだらカフェインの効果で再び脳が活性化されてきた。これなら残りの数時間もがんばれそうだ。
ナポレオン三世の部屋の復元が近くにあるというので行ってみた。こちらはみんなが集まるサロン。
落下するシャンデリアに刺さって死にたい。
休憩中にフェルメールの『レースを編む女』があると知り、再び西洋絵画のコーナーを目指すことにした。
好きな構図の絵。ドメニキーノというひとの作品だった。知らない画家の名前を美術館で覚えて帰るのは楽しい。
「観る」は最初から諦め気味だったけど、だんだん「見る」さえ通り越して「居る」になってきた。逆に贅沢かもしれない。
ひと通り絵画コーナーを巡った後は階を降りてフランスの彫像群を眺めた。
こちらは少し時代を遡ってロマネスク様式の磔刑像。
彫刻はいろんな角度から眺めることが出来て楽しい。絵画を見るのとはまた別の神経を使うので、少しだけ頭が休まるような気もした。
最後は夫がいちばん気に入ったというジョルジュ・ド・ラ・トゥールの絵をもう一度おかわりして締めた。光の表現と陰影の付け方、少し不穏な雰囲気が良いとのこと。
十八時。途中リタイアする案も出ていたが、結局気がついた時には閉館ギリギリの時間になっていた。とてもじゃないが全部を見切ることはできないのに、かといって諦めて帰るのは惜しい……という状態だったので、美術館のほうから終わってくれて本当にありがたい。という言種はどうなんだ。
なんにせよ、「疲れたけどなんだかんだめちゃくちゃ楽しかったね!」と言い合って一日を終えることが出来たのでよかった。
夕飯は細々と自炊。最近夫に作ってもらうことばかりだったので、今日は私が料理係を担当した。カルボナーラもどき美味しい!
明日はシャンデリゼ通りを散歩する。