十一月十六日(水)
今日はオルセー博物館に行く。この前訪れたルーヴルが古代から十九世紀中頃までの作品を中心に展示しているのに対し、オルセーはそれ以降に作られた近代の芸術作品を専門に取り扱っている。規模こそルーヴルの方が大きいものの、モネ、マネ、ゴッホ、ポール・シニャックなど印象派の絵が多く収蔵されおり、その充実度は負けていない。個人的な好みもあってかなり楽しみにしていた。
九時五十五分。九時半からの入場チケットを持ってオルセー美術館に到着。指定時間の三十分を過ぎるとチケットが無効になってしまうのだが、なぜか余裕ぶっこいて一時間半前に起きたため遅刻しそうになった。あと五分遅かったら普通にアウトだ。この旅をはじめてからというもの時間感覚がかなりルーズになった気がする。
元は万国博覧会のために作られた駅舎だったというオルセーの建物。入ってすぐのところからして面影が見て取れる。
まずは順路通り一階から見て行くことにした。入ってすぐぐらいのところにさっそく裸婦画のコーナーが。こちらはそれぞれポール・ボードリーとウィリアム・アドルフ・ブグローというフランスの画家が描いた絵だ。クラシックな雰囲気ではあるが、ルーヴルに飾ってあった作品と比べると色彩も線の感じも柔らかく、より親しみやすい感じがした。
ギュスターヴ・クールベの『寝床の女性』。名前は覚えていなかったけど、この絵はどこかで見たことがある。脇毛と陰毛がしっかり描かれているのと、脱ぎかけの靴下がエロティックだ。他の裸婦画に比べて明らかに異質な視線を感じた。
この近くに有名な『世界の起源』があって、上品そうなお客さんがみな立ち止まって撮っていくのがおもしろかった。
ミレーの絵。『落穂拾い』と『晩鐘』。
この作品も引き込まれた。
コンスタン・トロワイロン。他にもいくつか牛を描いた絵があって、並々ならぬ愛情を感じた。毛並みのリアリティがすごい。
モネの人物画。屋内を描いているのと、写実的な絵柄が珍しかった。
マネの『オランピア』と、すみっこの猫。
この辺りまで見たところでだいぶ楽しくなってきた。ルーヴルではひとつひとつの絵に込められている歴史的意義や背景まで考えてしまい、情報処理が追い付かずに苦しんだけど、オルセーに飾られている絵は元々好みというのもあり素直な美的感覚を以って楽しめる感じがした。
エルネスト・エベール。美しい手をズーム。全体像を捉えるだけではなく、こうして細部をよく見れるのが美術館のいいところだと改めて思った。
十二時。気がつけば一階を見て回るのに二時間以上かかっていた。事前に読んだブログには「オルセーを見て回るのに二、三時間はかかります」と書いてあり、「それなら午後はポンピドゥセンターにでも行こうか」と二人で話していたところだったのだが、ぜんぜん嘘だったな。ポンピドゥは明日に回すか、それも無理そうだったら諦めることにした。
五階が印象派作品のメインフロアになっているそうなので、まずはそこを攻めてから余った体力で他を見て回る。
大好きなモネの『昼食』。同名の作品が二点確認されている内の、一八七三年に制作されたほうだ。個人的にこの絵が今日見た中でいちばん良かった。
『戸外の人物習作(左向き)』。『戸外の人物習作(左向き)』と並んで展示されていて嬉しかった。こんなに贅沢なことってあるか。
最初の奥さんをモデルに描いているという話が念頭にあったせいもあり、ぼんやり眺めていると甘く切ない気持ちになれた。
ルノワールの『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』。人々の上に落ちる光の表現と、夢想的な雰囲気が美しい。個人的にルノワールは少し苦手で、作品によってはけっこう狂気的なものを感じてしまうのだが、これは好きだ。物と物の間にある境界線の曖昧さがやさしい範疇に収まっている。
同じくルノワールの『ジュリー・マネ(猫を抱く子ども)』。この絵も良かった。猫の幸せそうな表情が愛おしい。
ゴッホの自画像。これは耳切り事件があった後のもので、切断した左耳が見えないように描かれている。
『オーヴェルの教会』。
同じ大好きな画家でも、モネが「心ときめいてうっとり」という感じなのに対し、ゴッホはどこか切なく、胸が締めつけられるような気持ちにさせられるなあと思った。
モーリス・ドニの宗教画がとにかく刺さった。
五階を見終わった後は予定通り他の階の展示を巡った。
こちらは彫刻家ジャン・エスクーラの『la douleur』という作。直訳すると『痛み』。表情から察するに、タンスの角に小指をぶつけた系の状況かな?と思う。なんともいえない瞬間を捉えていて魅力的だった。
ロダンの『地獄の門』。とにかく圧巻の存在感。どうやってあんなに大きな作品を作ったんだろうね、と二人で話した。
ルーヴルがロココならオルセーはアール・ヌーヴォーだ。当時の家具や調度品もたくさん展示されていた。
ふらふら彫刻群の間を歩いていたら一目でコ心奪われる作品に出会った。フランソワ・ポンポンの『白熊』という作品だそう。百年前の彫刻家らしいのだが、とてもそうは思えない愛らしいフォルムをしている。
署名の筆跡まで丸くてかわいい。
探したらポンポンコーナーみたいになっている部屋があった。美術館からの愛を感じる。
見逃したと思っていたピエール・ボナールの『猫』。足が長い。
ひと通り全部見終わった後は五階に戻っておかわりタイムをした。気に入った絵の前にもう一度立って心ゆくまで見つめる。お互いの感性を尊重してこの間夫とは別行動にした。しかし後でどの辺にいたのか聞いたら「ムンクの企画展見てたよ」と言われ、特別なチケットがない限り入れないと思っていた私は無事撃沈……。
十七時半。閉館のアナウンスが流れ始めたのでお暇することにした。外は雨だ。楽しく充実した時間を過ごせたという気持ちも相まって、なんだか遊園地帰りの夜みたいだと思った。
パンとチーズとワインを買って宿へ。今日はきのこと茄子の煮込み料理を作った。作ったというか、成った。本当はアヒージョ風にするつもりだったのだが、ものぐさをして解凍しないまま冷凍きのこを入れた結果こんな感じに。まあ味は美味しい。夫も喜んでくれたので良かった。