十一月十七日(木)
パリ観光最終日。今日はついに乙女の憧れ・ヴェルサイユ宮殿に行く。パリの中心地からは少し離れた場所にあり、地下鉄を乗り継いで郊外に降り立った。元は狩猟の際に使われる小さな別荘だったというヴェルサイユ宮殿の成り立ちに相応しい、上品で落ち着いた雰囲気の町だ。
九時。駅から五分程度歩いたところでそれらしき建物が見えてきた。
「太陽王」の異名を持ち、この宮殿の創設者でもあるルイ十四世の像。この時はまだ知らなかったが今日のメインキャラクターでもある。
門構えからしてかっこいい。セキュリティチェックの人が何人か立っていたが、特に荷物の中身を見せるよう言われたりはしなかった。
二つ目の門。ここから真っ直ぐ入っていけるわけではなく、向かって左手側に入り口があった。そこでチケットを見せて中へ。
これが念願の本殿だ。改修作業中で足元が工事現場みたいになっていたのが少し残念だったけど、それでも感動は変わらない。
地図がなくてどこから入ればいいのかよくわからなかったので、とりあえず人がたくさん吸い寄せられているところへ私たちも向かうことにした。
中に入れた。たぶんだけど正解の扉だったっぽい。
最初の廊下ではフランス王朝に関係する人物の像が延々と並べられていた。
まずは順路通りルイ十五世に関する展示室から見ていく。
ルイ十四世の世継ぎとして生まれた子供たち(子・孫・曾孫)の中で唯一生き残ったのがルイ十五世なんだよね。みたいな基本的なところから解説してあった。ただ彼自身も相当に病弱だったらしい。なんとなく名前からして二人は親子関係にあると思い込んでいたので、実際は曾祖父・曾孫同士だったことにまずここで驚いた。
国王御用達の技師によって作られ、ルイ十五世に贈られたという天文時計。正面から見た姿は元より、後ろの機械仕掛けの部分も中々だった。メカニック好きが見たら卒倒しそうだ。
ルイ十五世は天文学に大きな関心があったらしい。それに関する当時の道具を集めた部屋があった。
家系図にマリー・アントワネットの名前を発見。
実はこの宮殿においてはそんなにフューチャーされていなかったのだが、こちらとしては「ヴェルサイユといえばマリー・アントワネットでしょう」ぐらいの気持ちで来ていたので嬉しかった。
ロココ時代の置き時計。一見するとかわいいけど、よく眺めてみるとどことなく悪趣味で間抜けな感じがする。
パグと鶏がデザインされた燭台。
調度品をひと通り見た後はヴェルサイユの成り立ちを説明する歴史ギャラリーへ。
十一の部屋を使ってメインの室内展示に関わるさわりの部分の話をしており、これがけっこう面白かった。
本人の肖像画を中心に、音楽・天文学・建築等ルイ十四世が支援に力を入れた分野を象徴する小道具が描かれた絵。こういうことを中心にやっていきますよ、という感じ。
ルイ十四世が作った美術アカデミーの入会に必要だったという肖像画作品の数々。入会志望者はこれを以ってテストされる。もうすでにアカデミーの一員である先輩芸術家を描くのが慣例だったらしい。
ここまでなら「いろんな分野の発展に力を注いでいたんだな」と解釈できるのだが……。
その果てがこれ。一見すると神話の一場面を描いた絵のようにも感じるが、中央にいるのは他でもないルイ十四世だ。こういった、神話の人物を寓意として使った自身の絵や室内装飾はここから先に山ほど飾ってあった。あくまでも己の権力を讃え、記録するために芸術を用いていたことがよくわかる。
顔の部分だけ依頼主の貴族に成り代わっている聖人の絵なんかは他でも見たけど、これだけ描写が露骨で、しかも数が多いのは初めてだった。まあ私はアレゴリーという表現方法自体詳しく知らなかったし、これまでもいろいろ見逃してきた可能性はけっこうある。でも歴史に詳しくない身からすると素直に「え〜?!」って感じだった。
さてここからが本番。十一の部屋を過ぎるといよいよ宮殿の内部を見学できる。こちらは国王・王族のみが利用していた王室礼拝堂だ。
元は礼拝堂だったというヘラクレスの間。天井画の右下あたり、棍棒を持っている男性がヘラクレスだ。ルイ十四世は太陽王と呼ばれ、太陽神アポロンに自分の姿をなぞらえていたが、フランス国外への対外的なイメージとしてはヘラクレスを表象に用いることが多かったそう。
ちょっとまとめられる気がしないので端折り気味で行く。
宮殿の中でもいちばん人気の鏡の間。これはすごい!「舞踏会」と聞いて脳裏に浮かぶイメージと完全に一致した。ルイ十四世はよくここをお散歩していたらしい。
三百五十七枚にも及ぶ鏡が壁一面に貼られている。
反対側には同じサイズの窓。
アポロンの間。オランダ戦争における勝利を記念して作られた部屋だそうだ。その流れで飾るのはもちろん自身を重ね合わせていたアポロンの天井画。つまりそういうこと。
伝えきれていない部分も多いのだが、全体を通してルイ十四世がいかに自分やその家族を神と同一視していたのかがわかった。現代に生きる庶民の身からすると特権意識を通り越してもはや誇大妄想的に思え、馬鹿馬鹿しさすら感じる。ウィーン滞在中にシェーンブルン宮殿やベルヴェデーレ宮殿にも行ったけど、さすがにここまでのことはしていなかったし……。
しかしこの冗談みたいな価値観を冗談で終わらせず、圧倒的な権力と構想力によって具象化させてしまうのはやっぱりすごいしぶっ飛んでると思った。こんな意識でいたから数世代後には革命を起こされたんだ……とも感じる一方、ルイ十四世の特異なキャラクターと王としての器には存分に引き込まれた。
インパクトが大きかったものだからルイ十四世の話ばかりしてしまった。まあそこは一旦置いておくとして、ちゃんと自分の趣味に寄った話もしよう。
こちらは歴代の王妃が使用していた寝室。ピンクをメインに描かれた花束の柄の壁紙が素敵……!とひと目見て胸に刺さりまくった。本物のお姫様ベッドを目にすることができるなんて感激だ。
ここはマリー・アントワネットが使った部屋でもあるため、出身であるハプスブルク家の紋章が室内に施されていた。
時代は変わり、こちらはフランス最後の国王ルイ・フィリップが作ったという戦士の回廊。フランス戦史に関わる三十三枚の大作が飾られていた。
フランス革命後の展示になった途端、急に室内の雰囲気が常識的な感じになった気がした。
ヴェルサイユ宮殿から出た後は庭園をお散歩。晴れて良かった。
せっかくなので敷地内にある大トリアノン宮殿へ。ヴェルサイユに比べるとあまり手を加えられていないのか、自然な劣化具合を見ることができて新鮮だった。
内装はこの通り綺麗だ。ただ、色使いがちょっと毒々しかった。
大広間。目が慣れてしまったせいでかなり質素に感じるけど、これも充分すごい。
そのまま歩いて小トリアノン宮殿に向かう。
マリー・アントワネットが愛人との密会に使っていたという、愛の神殿。
こちらは宮殿での生活に疲れたマリー・アントワネットが離れとして作った村。小さくてシルバニアファミリーのお家みたいにかわいい……、と言えば聞こえはいいけど、人々の営みの上に自然とできあがった村とは違い、なんともいえないレプリカ感があった。単に復元ということを言っているわけではなく、全体的な印象がハリボテっぽい。
△離れにあったマリー・アントワネットの家
マリー・アントワネットといえば贅沢三昧の果てに滅んだ貴族というイメージが強かったけど、宝飾品や賭け事に莫大な金を注ぎ込んでいただけならまだマシで、飢えの苦しみも知らないまま農民の真似事みたいなことをしていたというのがいちばん残酷なんじゃないかと思った。なんか庭で野菜とか作ってたらしいし……。でも、その立場でいろいろ考えた結果のことなのかな。
しかしたいへん魅力的な場所でもあった。当時からあったという牧場にたくさんのうさぎや山羊がいて心癒される。自然はいいよ。
うさたろも同類との遭遇に思わずにっこり。
一生懸命草を食むうさぎを見ていたらとても満ち足りた気持ちになったので、そろそろヴェルサイユを後にすることにした。