決して追いかけるな

次に喧嘩をしたら

新幹線に乗って大阪まで行けって

あなたが言ったから

さっそくわたしは背中を向けて

いつもの駅を目指すことにしました

 

キッチンでお静かにしている

じゃがいも入りのバターチキンカレー

宝石みたいなぶどうのゼリー

あなたに全部食べられたって

なんにも惜しくないほど

わたしは今すぐ

飛び出したかった

 

決して追いかけるな

 

鞄の中には

五百円玉ひとつ 十円玉みっつ 一円玉も少々

それに飲みかけのコカ・コーラ

裏面に詩を走り書きしたレシート

ケセラン・パセランのぬいぐるみ

壊れた太陽のブローチ

 

たったこれだけ

捨てる必要はないし

他に欲しいものもなかった

だから決して止めないで

決して 決して追いかけるなよ

 

遠ざかりながら確かめる

あなたのまるいやさしさ

熱いから気をつけて食べてね

遅くなるまでに帰ってね

知らない人には着いてかないで

 

うるさい!

 

決して追いかけるな

絶対についてくるな

もう知らない

道端にパンダのポシェットが落ちてても

あなたには教えてあげないから

 

できるだけ遠くに行こう

破った手紙の差出人の住所より向こうに

リビングに散らばる硝子片の数だけ駅を乗り継いで

かたい線路が続く限り 夏の果てまで

 

そうして行ったことがない場所の

見たこともない猫に触りたい

 

だからあなたは

決して追いかけるな

 

 

(☆鯨骨生物群集ネットプリントvol.6に寄稿しました。2022年7月5日発行)