カミーノ おしゃべりに夢中

十月五日(水)

 カミーノ巡礼七日目。今日でついに一週間経った。体力もついたし、大体の生活リズムが掴めてきた気がする。

 

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 七時過ぎ、まだ暗いうちに出発した。空を見上げると星が輝いている。何も見えないので、ヘッドライトの明かりを頼りに歩いている人もいた。

 夜明け前に歩き始めると景色を楽しめないのが難点だが、目が暗闇に慣れるのを待ったり、徐々に空が白んでくるのを感じるのもそれはそれで楽しい。

 

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 一時間程歩いていると本格的に太陽が姿を現し始めた。

 

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 八時半。最初の町が見えてきた。既に七キロほど進んだ計算だが、今日は長いのであと二十キロ以上ある。

 

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 まったく映えない朝ご飯の風景。これがリアル。夫はやる気がないモードなのか、いつになく暗い顔で「疲れた……」と言っていた。大丈夫かな。慣れてきたタイミングで急に距離が延びたので、気持ちはわかる。

 

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 歩き始めてすぐ夫が町の公園に吸い寄せられていったので、「遊びたいのかな?」「トイレかな?」と心配していたら水飲み場で今日の分の水を汲み始めた。そういうことか。

 

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 次の大きな町までちょうど十キロあるので、そこまで頑張ってからもう一度休憩しよう、という話になった。


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 今日は比較的天気が悪く、いつもより太陽の威力が低かった。涼しくて動きやすい。

 

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 巡礼者たちが積んでいった石と、大量のミサンガやフラッグが吊るされた木。

 他国の人が見たらもっとポジティブな印象を受けるのかもしれないが、日本人としてはやっぱりどうしても賽の河原が頭に浮かぶ……浮かんでしまう……。

 去年訪れた恐山にも色とりどりの風車がいたるところに刺さっていて、くるくるきれいに回っていたことを思い出した。

 

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 今日はおしゃべりが弾んだ一日だった。


 『ガラスの仮面』で印象的だった場面の話(主人公・北島マヤが乞食の役をやっている最中に嫌がらせで泥団子を差し出され、「うめえうめえ」と言いながら本当に食べてしまうところ)や、カルチャーの掘り方には「自宅派」と「現場派」がいて、地方生まれの私たちは根っからの前者であり、東京に住んでもいまいち後者のうまみを堪能できなかったという話。

 あるいはフィッシング詐欺に引っかかった知り合いのこと、実家にいる母の心配、石油が枯渇したあとの世界なんかについて、次から次へとなんでも語り合った。

 あまりに話すのに夢中で、ほとんど景色を堪能できなかったほどだ。もはや自分が歩いていることさえ忘れて、自然に出てくる考えと返ってくる言葉の応酬を楽しんだ。

 

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 十一時。今日の予定地・ログローニョまで残り十三キロ。はじめて犬連れの巡礼者とすれ違った。まあそりゃよく考えたら一ヶ月近く愛犬を自宅に置き去りするわけにはいかないのだから、納得だ。

※一ヶ月はあくまで平均値。通るルートによってはもっと短期間になる場合もある。逆も然り。あと巡礼者それぞれの体力やペースにもよる。

 

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 ログローニョの手前の町で二度目の休憩。

 再出発する時は私から「もうそろそろ行かない?」と切り出すことが多いのだが、今日は夫の元気がなさそうなのでギリギリまで待ってみることにした。

 歩いて話している間は楽しそうにしていた気がするけど、いがこうして向かい合うとやっぱり表情が浮かない。それに口を開けば「疲れた……」と言う。今日はそういう日みたいだ。

 

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 十三時。結局あれから一時間近くのんびりして過ごした。

 立ち上がる際に私の足が疲労で引き攣りそうになっていたので、お店の近くのベンチに座ってストレッチをしてから再出発。ここ数日、終わり頃になっても筋肉痛を感じずにいたのでびっくりした。まだまだ油断はできない。

 

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 かわいい像が壁に埋め込まれていた。

 

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 歩き始めてすぐ、夫がしょげている理由がわかった。なんでも前回来たときに今日、明日と歩く道が全然面白くなかったらしい。

 もっと詳しく聞くと、「だって地元なんだもん、この感じ!向こう側の道は高速になっててでかいトラックがビュンビュン走ってるし、歩くのだって森の小道とかじゃなくてひび割れたアスファルトだし……」なるほど、そういう理由か。私も出発してすぐの時に「ここなんか自分の地元っぽいな」と思ったことがあったけど、それで嫌になることはなかったので新鮮だった。それと同時に、これからどんな悪路が待ち受けているのかと想像していた身としては一安心。


 「言うほど酷い道じゃないよ、きれいじゃない」とか言って励ましつつ、サクサク歩いて行った。

 

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 十四時。夫にリクエストして忌野清志郎の『雨あがりの夜空に』を歌ってもらいながら歩いた。

 

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 着いた!ログローニョ。

 後半の十分ぐらいはたまたまタイミングよく居合わせた韓国人の女性と三人で歩いた。通りがけにあった水道で順番に顔を洗ったり、「杉」をそれぞれの言語でなんで言うのか教え合ったりした。


 女性は私たちとは別のアルベルゲに泊まるそうなので、街の途中でお別れした。SIMカードを持っていない女性のために夫がGoogle mapで宿までの道を調べて教えてあげていて、やっぱり親切だなと思う。

 

 みんな一目散にいちばん安くて大きな宿を目指すものだと思ってたけど、当たり前にそうじゃない場合もあるのを知った。

 

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 宿に着いて早々最悪なことが起きた。元々調子が悪く、ポーランドでも一回修理した眼鏡がぶっ壊れたんである。早くシャワーと洗濯を済ませたい一心で急いでいたら、ベットに放り投げてあったのをお尻で踏みつけてお釈迦。いつかやると思ったよ……。

 カミーノが終わるまでは新調する余裕もなさそうなので、ひとまず夫が持っていたガムテープで補強してその場を凌ぐことにした。

※使わなくなったカード類に必要分だけガムテープを巻き付けて持ち運ぶと何かあったときに便利。



 気を取り直して洗濯物を干しに行く。外ではみんなそれぞれ寛いだり歓談したりしている最中だった。その中に昨日靴を失くしたと話していた男性もいたので、結果どうだったかと聞いてみるとやっぱり見つからなかったと。残念だ……。

 ブラジルの蕎麦には豚肉が乗っているという話を聞いて別れた。

 

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 いつも通りお腹を満たしに町へ。

 ただ、これは毎度のことなのだが、十四〜十七時の間はシエスタの時間になっていてどこも飲み物と軽食ぐらいしか出していない。あるいは完全に店が閉まっている。

 夫はどうもそのことに対し、「前に来た時はもっとスムーズにご飯を食べられてたはずなんだけどな」とどうしようもないフラストレーションを感じているようだった。

 これはいいように記憶が改変されているのか、コロナの影響などで本当に営業形態が変わったのか……。

 

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 まあそんなことを言ってもしょうがないので小腹を満たすためにスーパーまでやって来た。ついでに明日の朝ご飯も確保しておく。

 普通にオレンジジュースの生搾り機が置いてあってテンションが上がった。

 

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 スーパーに生ハムの原木が置いてあるとこ、初めて見た。


 夫は相変わらずいまいち腑に落ちていないような、ぽかんとしたような顔をして、「これ無駄遣いかな、無駄遣いじゃないよね?」「悲しくならないためにはこれも必要だよね」と言いながらポテトチップスをカゴに入れたり出したりしている。

 

 今日はずっとそんな感じだった。