十一月二日(水)
カミーノ巡礼三十五日目。七時過ぎには自然と目が覚めた。周りを見るともうすでにもぬけの殻になっているベッドもちらほらある。いつもと同じように夫の起床を待ちつつ荷造りを始めたが、今日はなかなか起きる気配がないのでどうしようかと思った。
半を過ぎたところでとうとう同室の巡礼者が夫以外全員起きてしまったので、電気を点けるとさすがに気が付いたようだ。元気はあまりなさそう。今日は二十キロ。
八時過ぎ、出発。私たちを追い越して停まった車から、学校へ向かう子供が飛び出してきて、なんかいいなあと思った。何も知らない異国なのに、どこか懐かしさのある光景だ。
最近では町を歩くと冬のにおいがして、一年の終わりが近づきつつあるのを感じた。
町を抜けて自然の中へ。木が倒れかかってアーチみたいになっていた。今日も山道が多く、それなりにアップダウンがありそうだ。登ったら登りっぱなしというのではなく、ちょっと登ったらちょっと降りての繰り返しが続くと地味に疲れる。
朝だからか霧が立ち込めていた。
高いところに立って振り返るとよりわかりやすい。雲間から見える太陽がきれいだ。今日も晴れますように。
最近、お互いになんとなくやる気がない。なんでだろう?と考えてみたが、たぶん、原因は旅の終わりが見えてきたことだ。帰国したらまず家を決めて、引っ越し作業をして、それも終わったら今度は仕事を探して……という流れを具体的に想像するとけっこう憂鬱になる。地味にやることが多いのだ。
十時。八キロ進んだところで休憩、というよりも朝ご飯。何も食べずにここまで来てしまったのでお腹がぺこぺこだ。もう十一月だからか巡礼者向けのバルは閉めてしまっているところも多く、営業中の店に出会うまで時間がかかった。
道の真ん中で堂々と寝ている犬と、その前を横切っていく猫。なんとなく良いものを見たな、という感じがした。
民家の屋根の上にも猫。
アヒルが道路脇を散歩していた。スペインは動物が多いなあ。ご飯を食べたのもあって急に元気になってきた。
再び森の中へ。サンティアゴまであと二十八キロ。もう、昨日一日で歩いたのと同じくらいしか距離がない。
時々お互いにちょっかいをかけながらも黙々と歩いた。
たまたますれ違った夫婦が手を繋ぎながら巡礼していて、仲が良いなあとシンプルに思う。歩くペースが違う同士だとしんどいからやらないけど、ちょっと羨ましい。
十二時。休憩。気が付けばすでに残り六キロ地点まで来ていた。そろそろ疲れてきたなあと思っていたところに偶然良い感じのカフェが現れたので、ちょっと寄ることに。
顔見知りの巡礼者が「ホームメードレモネード!イッツファンタスティック!」と言って激しくレモネードをおすすめしてくるので試しに頼んでみた。ジンジャー風味で本当に美味しい。
後からやってきたまた別の人がうさたろの調子を気にかけてくれて嬉しかった。
後半は平坦な道が多くて楽だった。歩いやすいところだと考え事が捗る。
どんなに同じことの繰り返しのように感じても、一日として同じ日はないなあという、けっこう当たり前なことをしきりに思った。これはカミーノだけではなく、人生全般に言えることだ。一日と一日の間にある小さな差異をよく捉えながら生きていきたい。
窓に貼ってあるシャコベオくんの絵に気を取られて、手前の巨大シャコベオくん像に気が付かなかった。このキャラクターは本当に地域の人々に愛されてる。
十四時。オ・ベドローゾの町に到着。なんだかんだで今日も楽しかった。
お腹が空いていたので、宿にチェックインすると速攻で風呂と洗濯を済ませてスーパーに向かった。夕飯の材料を買うついでに緊急用のチョコレートも五枚ほどゲット。備蓄食料はあればあるほど心強い。そしてあればあるほど荷が重くなってつらい。
気になっていたパッケージのモンスターエナジーを買ってみた。味の違いはよくわからない。
生ハムとチーズを買ってきて適当にやる、みたいなことを久しぶりに出来て嬉しかった。
☆
明日はいよいよサンティアゴ・デ・コンポステーラまで歩く。あんなに途方もなく感じていた道のりを歩き切ってしまうことが信じられなかった。どんなに永遠のような気がしても、結局終わらない日々はない。振り返れば短い間だったけど、特別な時間を過ごすことができて良かったと思う。人生の一時をかけてこの巡礼路を歩いたことは死ぬまで覚えていたい。