大学生のときにすごく好きだった、闇市で闇米をこぼしていそうな外見の、あまり生きていくことが得意ではなさそうな、生乾きの草履の裏みたいなにおいのする先輩が、「詩」というものを小馬鹿にしようとして、「あれだろ、私は春の光とか、野に咲くたんぽぽよとか、なんかそういうやつだろ、寒いんだよ、ペッペッ」とかなんとか言い出したときのことがいまだに強く印象に残っている。
「私は春の光」「野に咲くたんぽぽ」っていうのが先輩にとっての「詩」なんですね、と思うにつけ、当時の私は非常な愛おしさを感じたものだ。
本人としては無意識だったのだろうけれど、その短い表現の中には彼が生まれつき持ち合わせている明るい善性や、湿っぽさを嫌う性質みたいなものがすべて出てしまっていた。
私は恋をしていた。