救われえぬもの、地球カバーを編む

 秋だなあ。

 

 明け方頃ふと目を覚ますと、外は土砂降りの雨だった。空気はひんやり冷たく、静かで、暗くて、なんだかありえないようなうつくしさが部屋中を満たしている。

 その効果なのか、トイレから帰って二度寝するとそれはそれはきれいな夢をみた。細部までは覚えていないが、お気に入りの服を脱ぎ棄てて、裸のままピンクの天鵞絨のカーテンで囲われた部屋を行き来していたような気がする。周囲には人影もあって、そんな中何も身に着けていないのは気になったが、誰かに直接「醜い」と言われても焦ってどうにかしようとは思わなかった。夢のなかの私は心が丈夫だ。書いた覚えのない詩がいくつか出てきて、林檎の心臓を持った木馬、というフレーズだけ現実に持って帰ることができた。

 

 私はもともと夏が大好きで、寒いのなんかはかえって苦手なため、いつもこのぐらいの時期になるとなんとなく切ないような、苦しような、それでいて半狂乱のような気持ちになることが多いのだけど、今年に限っては猛暑がよほど堪えたようで、秋の到来がとても喜ばしかった。

 

 

 そのあともう一度起きて外を見てみると、雨はまだ降り続けていた。もう朝の九時なのに光は暗い。でも、涼しくて気持ちが良かった。それに今日は休みだ。

 夫に「水じゃなくて牛乳で焼いた方がきっとおいしいから、今日はやめておこう」と言われ続け、長らく一袋だけ余っていたホットケーキミックス(牛乳がそんな都合のいいタイミングで家にあることはない)を開けてホットケーキを作ると、思っていたよりもちゃんとあまく、ふわふわ仕上がって美味しかった。「水でも大丈夫だったね」「牛乳じゃなくてもこんなにおいしいなら、常備してもいいかもね、ホットケーキミックス」と話しつつ、夫が淹れてくれたコーヒーを飲む。

 なんだかとてもまるくてたいらな気分だった。これもぜんぶひんやりした空気のおかげだ。

 

 天国までいけちゃうぐらい弾けて飛んでいられる夏、が終わってから次の夏が巡ってくるまでの、その間にあるすべての季節と時間を、これからはずっと愛していられる、という予感で胸がいっぱいだった。

 

 

 この前電話した友だちに、大きな絵を描く話の進捗はどうなっているのか、と聞かれ、思わずドキッとした。春ごろから夏にかけて長編小説を書こうといろいろ計画していたのだが、結局うまく筆がのらず、人知れず挫折していたのだ。それでゴニョゴニョ言い訳のようなことを口走った後(そんなことをする必要はないのに)、「別の方法で魂を救おうと思ってる」と、私は言った。

 

 というのも、地球カバーを編もうと思うんだよね。

 -えっ地球カバー?

 そうそう、最近手芸にハマってて。毛糸で編むか、布で作ろか迷うんだけどね。パッチーワークってあるじゃない。あれで地球全部を覆うぐらいのでっかい布を作ったらかわいいかなって思うんだ。

 -かわいいって地球が?

 うん。私の知っている、見える世界が全部かわいかったら、きっとこの魂も救われると思うの♪

 

 この会話は全部妄想だが、手芸にハマっているという話だけは真実だ。ここ最近は短歌からも詩からも完全に遠ざかり、針と糸を駆使してティッシュカバーやブックカバー、鍋敷き、リボンカチューシャ、お買い物かばんなどを作ることに熱中している。手先が不器用なのとおおざっぱな性格が相まって、出来上がった作品はどれもかたちがいびつだったり、想定していたよりもサイズが小さかったりするのだが、自分が丹精込めて生み出したと思うとそれだけで愛おしく、見つめ返すたびにうっとりしてしまう。このような効果を俗にイケア現象( 自分で作った物の価値を本来よりも高く感じる現象)というらしいが……、物のqualityとは関係なく、ただ自分との関係が深いから、というだけの理由でこんなにも何かを愛せる、というのは大きな発見だった。

 

 そして、だったらもっともっと手作りの物を生活空間に増やしていけば、おのずと日々の幸福度も急上昇するのではないか。

 

 視界に入るすべてのものを私が選んだ色、私が選んだ柄、私が選んだ形で埋め尽すことができたら、きっと世界はとんでもなくかけがえのない、あいすることしかできないすばらしい空間になる。

 

 その流れで電光石火のごとく思いついたのが、地球カバー、だった。

 地球をまるごと私の手作りで覆いつくすことが出来たら、きっと私は地球をあいすしかなくなる。それはきっととても愛おしい地球。そう、私にとっては、だけど。これはまさに、世界征服。

 

 

 というのは冗談だとしても、やっぱり今の私に必要なのは生活を地道に手作りしていくことだと思った。その結果魂がすくわれるかどうかはわからない。だが、心の安寧ぐらいは確実に得られるだろう。

 

△さかなちゃんお手製の鍋敷き

 

 幸せでいたい。