カミーノ 言葉はスリル

十月三十日(日)

 カミーノ巡礼三十二日目。今日はちゃんと七時過ぎに起きることができた。ドミトリーだからというのもあるけど、早めに寝たのが良かったのだと思う。疲労困憊で宿に着いて、風呂入って、ご飯食べて速攻寝る、みたいなことひさしぶりにをやった気がした。

 

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 八時ちょっと前には出発。自転車巡礼者モチーフの電灯がかわいい。

 時間の割にいつもより周囲が明るい気がして、どうしたことかと疑問に思っていたらどうやらサマータイムが終わったらしい。きっかり一時間分、昨日までと時計の進みが違うからこんなにもギャップを感じるのだ。

 

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 お腹が空いていたので歩いて十分ぐらいのところで喫茶店に入った。朝からケーキ、最高!

 

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 温かいカフェラテを飲んだら妙に気持ちがのんびりしてしまい、初っ端から三十分近く休憩した。気を取り直して再度出発。サリアの街を後にする。


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 今日はきれいに晴れた。距離も二十三キロと短い方だし、気持ちよく歩くことができそうだ。

 昨日夫婦で「悪天候の日にも楽しみはあるよね」という話をしたばかりだけど、やっぱり雨は降ってないほうが良いな。

 

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 苔に覆われた古い石の橋。霧が立ち込める中にぽつんとあって、特別な雰囲気を出していた。

 

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 しばらく歩いたところで謎の偽分岐路を見つけた。右に曲がるとすぐ線路にぶつかるので、真っ直ぐ行くしかないと思うのだが……悪戯だろうか。

 

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 そのまま真っ直ぐ歩いていたら、結局途中で線路にぶつかった。どうやって渡ろうか考えていると、向こうのほうから「こっちだよ!」と呼ぶ声が。見ると地元のおじいちゃんが安全に渡れる場所に立って交通整理をしてくれていた。本当にありがたい。朝から人の善意を感じて心が温かくなった。

 

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 線路を渡った後はずっと森。急な坂を頑張って登った。

 そこそこ大きな街から出発したからか、今日は巡礼者を見かける頻度が高い。二人で静かに歩くのも好きだけど、こうやってみんなでハイキングしてるみたいな感じも楽しいと思った。

 

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 太陽の力強い光。生乾きだったジーパンと靴がみるみるうちに乾いていく。

 

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 犬も交通整理してくれている。どこかの家の牧羊犬かもしれない。

 

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 馬が柵から顔を出してこちらを見ていた。挨拶がてらちょっと近寄ってみる。大人しくて賢そうな子だった。

 

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 十時半。朝食べたばかりなのに、もう空腹だ。というわけで休憩。おやつとして注文したクッキーがサクサクしていて美味しかった。

 

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 三十分ぐらいのんびりしてから歩き始めた。薄い雲がヴェールみたいで美しい。あと十三キロ。

 

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 自動販売機だけが置かれた無人の休憩所を見つけて、かなり心惹かれるものを感じた。無機質なようでいて温かみがあるよね、こういうの。休んだばかりでなかったらちょっと寄りたかった。

 

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 良い石垣沿い。

 

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 壁に描かれたかわいい巡礼者の絵。出発地点の町でも見かけた画風だ。この辺のシンボルなのだろうか。

 

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 うさたろも今日はビニール袋なしで快適に過ごしております。

 

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 十二時半。先ほどの休憩からまだそれほど経っていなかったが、トイレに行きたかったのでバルへ寄ることにした。今日はけっこう町と町の距離が近く、休憩ポイントがたくさんあって良い感じだ。逆に、気になる店があっても全部には入れないという悩みが発生するレベル。


 コーラを飲んでまったりしていたら、

「はい、じゃあここでスタンプ押して行きますからね〜」

 という、バリバリの日本語が急に聞こえてきてビックリした。え?!日本人?しかもたくさんいる!

※教会やバルなど、アルベルゲ以外でもクレデンシャルにスタンプを押してくれる場所はたくさんある。


 カミーノが始まって以来ほとんど日本人と出会うことはなく、たまに見かけるアジア系の人といえばだいたい韓国の方だったので、これには本当にドッキリした。お話を聞いてみるとなんとパッケージツアーで来ているとのこと。カミーノツアー?!

 最終目的地・サンティアゴで巡礼証明書を発行して貰うためには最低百キロ歩く必要があるため、ちょうどそのラインであるこの辺りからスタートしよう、ということらしい。なるほど。よくよく考えてみると、今日に限って巡礼者の数が多かったのもそういう訳っぽい。


 言葉が通じることのスリルを久しぶりに味わいつつ、お互い頑張りましょうねと声をかけ合って御一行とは別れた。あと九キロぐらい。

 

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 十三時。ついに残り百キロ地点に到達。さすがに感慨深い。靴を捨てていく人の気持ちもわかる。たまたま居合わせた他の巡礼者に二人で記念写真を撮ってもらった。

 

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 カミーノラストステージといった感じ。

 

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 昨日は山羊、今日は羊。

 

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 十四時。今日の町・ポルトマリンが見えてきた。広い空を見て、晴れて本当によかったなあとしみじみ思う。

 

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 油断して歩いてたら急にすごく急な天然の階段が現れた。危ない。こういうところではかえって杖を使わず、手で両側の岩を掴みながら降ったほうが安全だ。

 

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 ポルトマリンに向かって架かる橋。

 

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 ハート型の鐘があったので二人で鳴らした。「イェーイ!」とか言っていたら後ろで写真を撮っていたおじさんも「イェーイ!」と言ってくれてほんとうにイェーイ。

 

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 十五時。到着!

 ポルトマリンは街並みが白っぽく、どことなくギリシャサントリーニ島ににている気がした。山・サントリーニ。

 

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ポルトマリンのサンソアン教会

 

 宿にチェックインした後は少し街を散策した。小腹が空いていたのでスーパーで軽く食べられるものを買って帰る。


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 ポテトチップスにチェダーチーズをかけてピザポテトを錬成した。こんなに悪いことができるのは私ぐらいだろう。

 おやつ程度に考えていたのが思いの外満腹になってしまったので、今日はもうベッドでゴロゴロして終わることにした。

カミーノ 緑は神聖な色

十月二十九日(土)

 カミーノ巡礼三十一日目。またやっちまったよ、二度寝。七時半頃に一度目が覚めたのだが、夫はまだ寝ているし、外から聞こえる雨音が心地いいしでつい……。起きたら十時前だった。カミーノではじめて個室に泊まった時も大寝坊して、それ以来ずっと油断しすぎないよう気をつけてたのに。

 まあでも、悔いたところで時間は巻き戻せないからしょうがない。三十分ぐらいで手早く荷物をまとめて、チョコレートをかじりながら歩きはじめることにした。

 

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 安宿の壁に飾られている絵が好きだ。

 

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 そういうわけで十時半出発。けっこうな勢いで雨が降っている。この天気のなか今日は二十四キロ歩く予定だ。正直、起きた直後はそんな気になれなかったけど、いざ外に出たら腹が決まった。まあどんなに遅くても日没までには着くだろう。

 

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 ここからまた北と南でルートが分かれる。北のほうが七キロ近く短いらしいのだが、私たちはもともと南ルートを行く予定だったのでそこは貫き通すことにした。

 

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 車道沿いをずっと歩く。山の頂上はもう過ぎたのだから昨日よりは雨も風も強くないはず……という予想を華麗に裏切ってすごい風だ。もともと湿ったままではあったけど、昨日洗ったばかりのジーパンと靴下がすぐびしょ濡れになった。

 

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 地層がすごい。

 

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 しばらくすると車道から脇に逸れて林の中に突入した。

 

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 坂を降りてすぐのところに寒村が。建物の老朽化具合からかなり古い町であることがわかった。なんだか廃墟みたい。

 本当に人が住んでるのかな?と二人で話していると、背後から住人のおじいちゃんに挨拶されてビックリした。しかもめちゃくちゃ笑顔で優しそうな人だ。

 

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 町を通り過ぎたあともずっと自然道が続いた。泥濘がすごい。昨日丹念に裾についた泥を洗ったばかりなのに……。

 

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 しばらくするとまた別の町があった。そろそろお腹が空いてきたところだったので町唯一のバルを探したが、なんと休業日。仕方ないのでその辺に座って十五分だけ休むことにした。残っていたチョコレートで当面のエネルギーを補いつつ、四キロ先にあるサモスという町に希望をかける。そこはまあまあ大きな町だし、何かしらはありそうだ。

 

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 十二時。普段ならけっこういいところまで来ている時間帯だが、今日はまだまだ。

 

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 牛たちも雨の中頑張っている。

 出遅れたのもあるとは思うけど、この悪天候で長い方のルートを選ぶ物好きはあまりいないのか、今日は他の巡礼者と全然すれ違わなかった。

 

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 木のアーチを潜り抜けながら進んでいく。緑は神聖な色だと思った。

 

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 十三時。サモスの有名な修道院が見えてきた。ガリシア州でいちばん古いらしい。ちなみにここもアルベルゲになっており、巡礼者は泊まることが出来る。

 

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 ようやくサモスに着いた。運良く適当なバルを見つけることができたので、さっそく避難。町が見えてきた途端、いっとき弱まっていた雨が勢いを取り戻してきて大変だった。疲れた体にコーラが沁みる。

 

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 ソーセージとチーズのサンドイッチを頼んだらすごく大きなやつが出てきて嬉しかった。チーズにコクがあって美味しい。

 たったこれだけのことで、人生ってやつはやっぱりどこかしらで釣り合いが取れるもんだなあと思った。大変なことばかりじゃないよね。

 

 あと十四キロ!

 

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 一時間近く休んでから出発。バルの目の前に道標があったので、それに従って坂を登ろうとしたところ、たまたますれ違ったおじさんに話しかけられた。スペイン語だから正確なことはわからなかったけど、たぶん、そっちはアップダウンが激しいから車道沿いを行った方がいい、みたいなことを教えてくれているっぽい。そういうことならと思い、二人でおじさんにお礼を言って別の道を行くことにした。

 明らかに言葉が通じなさそうなアジア人相手なのに、見て見ぬふりをせずこうやって親切に声をかけてくれるのはありがたい。

 

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 しかし、しばらくするとまた大通りから外れて山道に戻った。結果やっぱり坂だらけ!でも心は温かい。

 

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 泥濘に足を取られまくる。何度か完全に泥にハマって悲鳴を上げた。

 

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 素朴なホタテ貝。

 

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 十五時半。道が良かったのか、悪天候がかえって集中力を生んだのかはわからないが、今日はなんだか自分の中の考えに没頭できた一日だった。ふと、しばらくずっと無言で歩いていたことに気がついて話しかけると、夫も夫でそんな感じだったという。

 

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 それぞれが歩いている中で気が付いた考えを交換し合った。会話が楽しい。

 

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 十六時半。急に近代的な町が現れた。今日はずっと古くて寂れた村ばかり見てきたから、なんとなく新鮮な感じだ。

 ここが北と南に分かれたルートの合流地点になっているらしい。

 

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 それから間もなくして今日泊まるサリアの町が見えてきた。

 

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 いまさら顔を出す太陽。遅い。

 

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 山羊たちが牧草を食べているのをぼんやり眺めていたら、なぜかぐいぐい近寄ってきてしまった。猫や犬ならわかるけど、山羊でこの流れは初めてだ。

 

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 つぶらな瞳の黒山羊を見て、夫が「こいつと前世で知り合いだった気がする」と言っていた。

 

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 どういう感じで飼育してるのか不明だが、柵の外に放たれている子もいる。みんなかわいい。

 

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 十七時。サリアに到着。町の入り口あんなに山羊がいたわりにはなかなか大きな街だ。

 予定よりも早く着いたね、と二人で話しながらアルベルゲを探して歩いた。

 

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 しか最後の最後に階段!なんで!この上に目当ての宿がある。

 結果的には無事チェックインできたからよかったけど、今日は本当に疲れた。

 

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 夕飯は近くのバルで軽くつまみながら飲んだ。コロッケが絶品。ハロウィンが近いからか店員さんがみんな悪趣味系映画のコスプレをしていて良かった。『時計仕掛けのオレンジ』は私もいつかやりたい。


 明日はきちんといつも通りの時間に起きたい。

カミーノ 曇り空は溶けたクリームソーダ

十月二十八日(金)

 カミーノ巡礼三十日目。いよいよ巡礼を始めてから一ヶ月が経過した。ありふれたことを言うようだけど、長いようで本当にあっという間だった気がする。順調にいけばもうあと一週間もしないでサンティアゴに着いてしまうのだと思うと、なんとも言えず寂しい気持ちだ。来る日も来る日もただひたすらに歩き、その中でいろんな物を見て、いろんなことを考えるという、ある種の精神的な時間から離れるのは惜しかった。

 この旅を始めたことによって気付くことができた大切な考えや、自分が抱いている本当の望み、それから、出会ったひとびとの中でも覚えている名前について改めて思いを馳せた。

 

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 八時半出発。キッチンで軽く朝ご飯を食べていて、いざ外に出ようとしたら他の巡礼者が「雨降ってるよ」と教えてくれた。がーん。昨日、一昨日と晴れていて、なんとなく無邪気にこれからもそうだと信じていたからショックだ。

 まあ、この辺の地域は雨が多いと聞いていたし、ある意味予定調和かも……。今日は二十三キロ歩く。

 

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 オ・セブレイロの町からしばらく新道と旧道に分かれるようだ。夫は旧道の方を歩いたことがあるそうなので、消去法で新道を行くことに。まだ小降りとはいえ雨も降っているし、状況的にもある程度整地されている道のほうが良かった。

 

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 道端のきのこ。食べたらお腹壊すかな。

 

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 猫三匹衆。みんなまだ小さくてかわいかった。

 

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 曇り空だけどちょっときれい。青いクリームソーダと溶けたバニラアイスの泡みたい。というのはさすがにきれいすぎる喩えかなあ。

 

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 それにしても地味に登り坂が多い。昨日で山は制覇していたと思っていたのだが、ぬか喜びだった。しかし高いところを歩いているために見晴らしはいい。

 

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 一時間経過したあたりで町が見えてきた。バルの前で大型犬がゆったり寛いでいる。「寄っていく?」と、夫と顔を見合わせたが、二人ともまだそれほど疲れていなかったのでここは通りすぎることにした。

 

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 そう決めた途端に強くなる雨。霧がかかっていてなんとなく怪しそうだと思っていたエリアに突入していった結果なので、まあ予想はついていたけども……。

 

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 十時半。四キロ先まで歩くつもりが結局耐えきれなくなって、道の途中にぽつんと建っていたバルに逃げ込んだ。夫が頼んだトルティージャの厚みがすごい。一ピースで卵六個分ぐらいありそうだ。

 

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 雨宿りしにきた猫が店の中をウロウロしていたので、ちょっと呼んでみたら膝の上に乗ってくれた。触ると背中が少し濡れている。最初は野良かと思ったけど、かなり人馴れしているので店猫かもしれない。

 

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 せっかくなのでいっしょに自撮り。

 隣に座っていた人が羨ましそうに見てきたので、適当なタイミングで床に降ろした。すると今度は違うお姉さんの膝の上に乗って寛いでる。たぶん、人間で暖をとりたかったんだろうなと思った。

 

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 一時間ぐらい休んでから外に出ると、心なしか雨が少し弱くなっていた。あと十五キロ。

 

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 休みを挟んだせいで体が冷えて寒い。というか、着込んでいる上半身は温いのにそれ以外は全部寒くて、なんだか風邪を引いてるときみたいだった。とか言ってると本当に体調を崩しそうで怖い。

 

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 一部の隙もない曇天。歩いているうちにまた雨が強くなってきた。

 

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 だんだん雨風が暴風雨の域に達してきて、執拗にカッパのフードをめくろうとするもんだから大変だった。

 ただまあ、動いて体がだいぶ温まってきた効果なのか、ずぶ濡れでもけっこう楽しい。靴下ひとつとって考えてみても、濡れ始めは「この辺で勘弁して!」と思っていたけど、絞れるぐらいぐちゃぐちゃになっちゃったら一周まわってもうどうでも良い。水溜り入り放題だ。

 

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 十三時。ようやく下り坂が増えてきた。

 

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 残り四キロ地点で偶然いい感じの店を見つけた。気分が乗ってきたところだったので、このままの勢いで突っ走ることも考えたが、ちょっとトイレを借りたかったので寄ることに。

 その結果、めちゃくちゃ美味しいチーズケーキを食べることができた。最高。

 

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 暖炉もあって暖かい。ずぶ濡れの巡礼者がみんなこの周りに集まってちょっとでも服を乾かそうとしているのが微笑ましくて良かった。乾かないけどね!カッパを着てるはずなのに下の服までびっしょりだったのは驚いた。

 

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 十四時。外に出ると雨が止んでいた。今ならやれる!

 

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 原始人の方も応援してくれているようだ。

 

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 下り坂をすいすい。昨日の十八キロより今日の二十三キロの方がずっと楽だ。二人で桃太郎の話をして盛り上がった。

 

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 十五時。だいぶ楽しくなってきたところで今日の町・トリアカステーラに到着した。毎回町って書いてるから町で統一しちゃったけど、これはさすがに村かもしれない。

 

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 長い歴史を感じる良い木。

 

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 手作り感溢れる木彫りのベンチ。心が温かくなる。

 今日はあらかじめアルベルゲの個室を予約してあったので、焦らずゆっくり向かった。レオン以来ひさびさに羽を伸ばせる。

 

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 夕飯は近くのレストランで食べた。ランチョンマットがガリシア州のマップになっていてかわいい。

 

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 一皿目、夫の頼んだガリシア風スープ(じゃがいもとワカメの魚介系スープ)がこれできて思わず笑った。給食スタイル!たっぷり二皿分以上ありそうだ。

 

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 私が頼んだサラダパスタも山盛り。ピクルスの酸味とマヨネーズがいい組み合わせだ。

 

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 二皿目はエッグキャセロールにした。今日はそこまで疲れていなかったからか、自然と野菜中心の選択になった気がする。夫はいつも通りグリルステーキ。

 

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 チーズにはちみつをかけたデザートも美味しかった。甘味でありながら赤ワインにも合う。

 

 

 ほろ酔いで幸せな気分のままレストランを後にすると、また雨が降り出していて凍えながら宿に帰った。天気予報では明日も降水確率マックスだ。でも、楽しみながらがんばりたい。

カミーノ ワイルドなさかなちゃん

十月二十七日(木)

 カミーノ巡礼二十九日目。今日は元々十九キロぐらいしか歩かない予定だったので、遅めに起きてのんびり支度をした。夫の体調はすっかり元に戻ったようだ。良かった。とはいえまだ病み上がりだし、様子を見つつ焦らずに行きたい。

 

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 朝ご飯は宿一階のバルで食べた。

 

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 八時半出発。歩き始めてすぐにかわいい黒猫と出会った。昨日も見かけた子だ。写真だとちょっとわかりにくいけど、体のわりに顔が丸々としていてなんともいえない愛嬌がある。

 

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 近付こうとすると警戒の姿勢を見せるのだが、私たちが歩くと並行して付いてくる。一緒に巡礼する気なのかな?と思ってついつい振り返りながら歩いてしまった。

 

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 立ち止まると地面に寝っ転がって腹見せ。

 

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 歩くとやっぱり向こうも歩き出す。

 しばらくそんな感じの距離感でいるうちに段々不安になってきた。本当に来ちゃったらどうしよう、と…。


 が、町の外れぐらいでようやく立ち止まってお別れしてくれた。まあ、そうだよね。ちょっと名残惜しいけど、これからもあの町で幸せに生きてほしい。

 

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 今日の前半は動物パラダイスだった。歩いているのはコンクリートの車道沿いなのだが、脇のほうは牧草地になっていて自然も多い。

 

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 心ときめく高架下。

 

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 十時半。今日は二人共疲れ知らずでサクサク歩けた。残り九キロぐらいのところでようやくバルに入って休憩することに。写真はいい感じの水門。

 

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 十一時。再び歩き始めた。行く先はよく晴れているが、背後は若干曇っており、ちょうどよく日陰になってくれてありがたい。

 

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 南瓜がたくさん実っている畑。数日後にはハロウィンなのを思い出した。

 

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 なんとなく急斜面のはじまりを感じる。前半は平地が多かったが、後半はずっと山道の登り坂だ。ここから一気に標高が上がる。いつでもエネルギーをチャージできるよう、上着のポッケにチョコレートを入れておいた。

 

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 しばらく行くと自転車ルートと徒歩ルートで道が分岐した。

 

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 十二時。山道に突入。ここからが今日の本番。

 

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 いつものごとく坂を登り始めてすぐに息が切れた。数百メートル先で夫に待ってもらったりしながらゆっくり歩く。カミーノの巡礼をはじめてからそれなりに体力がついたはずなのだが、というか、こんなに頑張ったんだからついていてほしいのだが、結局最後まで苦手なものは苦手だった。

 

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 とはいえ楽しいといえば楽しい。初日に越えたピレネー山脈を彷彿とさせる素敵な道だ。雨は降っておらず、あんなに大変でもない。

 帰国後も定期的に山登りやハイキングをして、頂上で大きな塩おにぎりを食べたり、麓の町で温かいラーメンを食べたりしたいなあと改めて思った。

 

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 十二時半。お腹が空いていたので途中の町で再びバルに入った。たまたま他の人が魚のスープとパンのセットを注文していたのを見て、私たちも真似することに。スープは満腹になるわりに苦しくなりすぎないのがいいと思った。

 

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 一時間近くたっぷり休んでからバルを出た。あと五キロ!平地なら一時間とちょっとで着く距離だが、相変わらず坂道続きなのでもっとかかりそうだ。

 

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 ところどころ雲が怪しい色をしているので、なんとなく「いまは大丈夫だろうけど、今夜は雨だろうなあ」と言ってみたら、どうも本当に十七時から降る予報になってるらしかった。何も見ずに今後の天気を当てるなんて我ながらたいしたもんだ。長い巡礼の旅を経て野生の勘が研ぎ澄まされてきたのかもしれない。

 

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 ゆるやかな斜面に立って草を食べる牛たち。

 

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 前を歩いていた人が立ち止まって写真を撮りはじめたので、画面に入らないよう手前で待つついでに私も同じ角度から一枚撮った。

 

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 十四時。町を一つ通り過ぎた。あと二キロぐらい。

 

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 振り返ればかなり高いところまで来ていた。テンションが上がってか、叫びながら歩いている青年二人組とすれ違う。やばい人かと思ったけどちゃんと挨拶してくれた。

 

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 十四時半。ついにカミーノの最終エリアであるガリシア州に突入した。サンティアゴまではあと百六十キロぐらい。

 

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 地図で見るとこんな感じ。もうかなり大西洋が近い。

 

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 ラストスパート。終盤に差し掛かったところで若干坂が緩やかになった。

 

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 十四時四十五分。山の頂上にある町オ・セブレイロに到着。やりきった!そして、きっとやれると思ってた……。慎重にゆっくり進めば攻略できない坂はない。

 

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△登ってきたのとは反対側に広がる景色/アルベルゲから


 百人以上が泊まれる大型アルベルゲにチェックインした。最近は多くても定員五十名ぐらいのところに泊まることが多かったので、なんだか懐かしい雰囲気だ。もうそろそろカミーノのシーズンも終わるし、私たち以外に歩いてる人なんかほとんどいないんじゃないかと思っていたけど、意外とそうでもなことがわかった。


 シャワーを浴びようとしたらブースにドアがなかったけど、そこもまあお愛嬌。細かいことは気にしないのだ。がはは。

※ちゃんと見えないように男女でしっかりエリアが分かれてます。

 

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 バルで適当に夕飯を食べるつもりで外に出て、気になる売店を見つけた。からぶきの屋根をかぶった小屋みたいな外観なのに、外に向かって爆音でサンバを流している。


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 しかも地味に品揃えがいい。お酒や食料品だけではなく、シャンプー等の日用品までなんでも置いてあった。

 バルでよくあるハム&チーズのサンドイッチを頼むぐらいだったらここで材料を揃えて節約したほうがいいという話になり、今日は自炊デーに変更。


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 アルベルゲのキッチンでいざ晩餐!と思ったらなんと棚を探しても食器やカトラリー類がほとんど見つからない。買ってきた物の大半が手で食べられるものだったからなんとかなったけど……。パスタを作るという話も出ていたが、採用しなくて本当に良かった。なんだか今日は全体的にワイルドな感じ。そんな感じ。

カミーノ 踊れるぐらいの元気さ

十月二十六日(水)

 カミーノ巡礼二十八日目。今日も二十五キロ歩く。二十キロだと身体が鈍るし、三十キロは疲れて何も出来なくなるので、このぐらいの距離がいちばんちょうどいい。

 

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 八時過ぎ。出発してすぐにかわいい壁を発見した。エジプトの神様たちが巡礼してる。せっかくなので先頭の位置に立って夫に写真を撮ってもらった。これは並びたくなる。

 

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 宿を出るのがいつもよりちょっと遅かったので、歩き始めて間もなく日が昇り始めた。この後どうなるかはわからないけど、とりあえずいまのところは晴れている。

 

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 いい空。暑かったので久しぶりに半袖になった。

 

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 道の向こうに山が見える。この辺は山が多い。

 

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 というわけで今日明日は山登り。十日ぐらい前に宿で見た図の、ここの部分をいよいよやる。山の麓や中腹にもいくつか町があり、今日はそのうちのどこかに泊まることになる。が、一気に登るわけではないにしても山越えは山越え。いろいろ覚悟しておこうと思った。

 

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 空がきれい。

 

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 山が控えているので坂道が多い。振り返るとけっこう高いところまで来ていた。まあ、今日は助走みたいなものだと思っておこう。

 

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 十時。九キロぐらい歩いたところで休んだ。チュロスを頼んだら甘くなくてびっくり。塩っぽい味もアリだなあと思った。

 

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 これは顔ハメに出来そうなピザの看板。夫に言ったら「そう?どのへんが?」と言われた。サラミのところです。

 

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 薬局で夫の虫刺され跡に塗る薬を買ったりしつつ、十一時半には町を出た。ダニのこともあるが、それ以外にも風邪らしき症状が出ていてあまり体調が良くなさそうだ。

 辛かったら無理はせず、目的地より手前の町で泊まったり、多めに休憩を取ったりしようと二人で話した。

 

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 山の手前にきれいな家が並んでいるのがリゾート地っぽくて、なんともいえない懐かしさを感じた。子供の頃に家族で行った秋の行楽旅行を思い出す。

 

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 相変わらず緩やかな坂が続く。

 

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 大きな高架下を通り抜けた。田舎の大きな道路沿いを歩いている感じが良い。

 

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 しばらくして小さな寂れた町を一つ通り過ぎた。

 

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 二人とも疲れていたので休憩。わんぱくなのでこの上に座ってパンを食べた。高いところに腰を下ろしている感覚は楽しいけど、ちょっとバランスが取りにくい。

 

 夫の体調はやはり芳しくなく、二十分以上休んでもそんなに疲れがとれなかったと言っていた。

 

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 かなりしんどそうな顔をして歩いているので、相談して次の町で宿を探すことにした。順調にいけばあと三十分ぐらいで着く。なんだかんだ言っても十八キロは歩いた。

 

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 着いた!

 が、時期的にもう閉めてしまっているアルベルゲが多く、三軒連続で門前払いされる結果に……。

 最終的には町の入り口まで戻ってようやく空いてる宿を見つけた。無事チェックインできて一安心。ここがダメだったら四キロ先の町まで歩かなくてはいけないところだったので、本当に命拾いした。

※小さなアルベルゲだと十月末で閉めてしまう場合が多い。冬季は客数が減るため。

 

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 十八時。昼寝してちょっと回復した夫といっしょに近所のバルへ。体調が悪い時は適当に買って済ませるのがいちばん良いのだが、町に適当なマーケットがなく、外で空腹を満たすしかなかった。

 しかし結果的にすごく良い雰囲気のお店を見つけることができて満足だ。

 

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 料理も美味しかった。夫はカレー、私はシャクシューカという中近東料理を頼んだのだが、どちらもmuy rico!

 シャクシューカはトマトソースの上に卵黄を落として焼いたもので、わかりやすく説明するとサイゼリヤの煉獄のたまごみたいな感じ。上に乗っているパクチーの風味が全体と絶妙に合ってよかった。一日の終わりに良い食事ができてとても嬉しい。

 

 夫も美味しいカレーのおかげで店を出る頃には踊れるぐらい元気になっていた。まだ油断はできないけど、ちょっと安心だ。明日には良くなりますように。

カミーノ ULTREIA SUSEIA

十月二十五日(火)

 カミーノ巡礼二十七日目。朝起きると隣のベッドに夫がいなくてびっくりした。神隠しにあったのかと思って探してみるとロビーで寝袋にくるまって寝ている。事情を聞くとどうも夜中ダニに刺されて逃げてきたらしい。目が腫れていてかわいそうだ。よりによってそこかい、という感じもする。

 私は特に異常なし、周りを見ても被害に遭っている人は他にいなかったので、たまたま外れのベッドを引いちゃったんだろう。


 とりあえず失踪したわけではなかったのでよかった。

 

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 そんな感じでバタバタしつつも八時には宿を出た。今日は二十四キロ。昨日とだいたい同じぐらいの距離だが、道は緩やかで歩きやすそうだ。

 

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 一時間ほどで町の光が見えてきた。ポンフェラダだ。ただ、大きな町なので中心地に辿り着くのはまだまだかかりそう。

 

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 歩いていたら民家の軒先から猫がすっ飛んできた。ニャーニャー鳴いているのでお腹が空いているのかと思ったけど、首輪をつけているし餌不足ということはなさそうだ。

 

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 頭上にもう一匹いた!

 二匹とも甘えん坊らしく、近寄ってきては人間の足に頭を擦り付けてくる。かわいい。朝から癒された。

 

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 いい空。基本は曇りだけど、ところどころ青空が見える。

 

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△ロス・テンプラリオス城


 九時半。町の中心に着いた。だいたい八キロぐらい進んだ計算だ。

 

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 この旅にしては珍しくちょっとおしゃれなカフェで朝ご飯を食べた。サーモンとクリームチーズのベーグルが美味しい。ここでは三十分程度休んだ。

 

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 スーパーに寄ったりしつつ出発。壁にあった道標がちょっとかっこよかった。

 

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 町の外れに展望の良い場所があった。これまでに歩んだ道を振り返ってちょっと一息。美しかった。

 

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 畑と畑の間を歩いていく。まったく何もないわけではなく、時々民家や小屋があって人の気配を感じた。

 

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 十二時。残り二百四キロメートル地点まで来た。ずいぶん歩いたなあと二人で話す。もう全行程の三分の一も残っていない。

 

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 最初の休憩から二時間以上経ち、ぼちぼち疲れてきた。良いタイミングで町が見えたのでバルに入ってお昼ご飯。食べ終わった後もしばらくのんびりしていたら知り合いが三人ぐらいやってきて、ちょっと盛り上がった。中にはもう二度と会えないと思っていた人もいて、再会が嬉しい。

 

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 十三時。再出発。

 

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 マイケルジャクソン。巡礼路を歩いてるとけっこう頻繁にこの筆跡・文言の落書きを見かけるのだが、意図がわからなすぎる。まさか本人じゃあるまいし。

 

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 写真を撮っていたら後ろからスペイン人の男性(一昨日宿を予約してくれた人)がやってきて、しばらく三人並んで歩いた。彼は教会を見かけるととりあえず入ってクレデンシャルにスタンプを押してもらっているらしい。

 

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 男性のかっこいい杖を見せてもらった。木で出来ていて素敵だなあと前から気になっていたのだ。しかも話を聞くとどうやら自作らしい。すごい器用!

 彫ってある文字はラテン語の「ULTREIA(ウルトレイア)」と「SUSEIA(スセイア)」で、意味はそれぞれ「もっと前へ」「もっと高く」。古くから巡礼者の間で使われている掛け声で、ブエン・カミーノ!みたいなものだとか。

 「もっと前へ」がぴったりなのはもちろんのこと、「もっと高く」というのが精神的な旅でもあるカミーノらしくていいなと思った。

 

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 十四時。とうとう二百キロを切った。

 

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 曇っていても銀杏並木はきれい。だんだん、どんな天気でも受け入れて、できるだけ美しい部分を見ようとする気持ちが育ってきた。

 

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 十四時半。今日の目的地に到着。町の名前はカカべロス。ケルベロスみたいでかわいい……という会話をしながら思ったが、ケルベロスってかわいいか?

 

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 アルベルゲにも無事チェックインできた。同室のお姉さんが疲れ切った様子で「シャワーして……洗濯して……乾かして……」と呟いているのを見て、みんな同じ気持ちなんだなあと感じた。着いたら終わり、じゃないのだ。

 

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△ハロウィン仕様のかぼちゃ

 

 午後はまたスーパーで買い物。明日の朝食べる用のパンと、今晩飲むお酒を買った。

 夕飯は昨日と同じくキッチンで簡単に済ませる。夫は青唐辛子のピクルスが好物で、よく瓶で買って食べるのだが、最近付き合いでちょっともらうようになったらけっこうハマった。ビールに合う。

第六十八回角川短歌賞落選作『ヴァーチャル・春の海』

魚駅過ぎたあたりで待ち合わせ二重写しの季節めくって


お別れのレビューは自動筆記の涙でしたねロボットメイド


眠れずに迎えた朝を掻き分けてエンターキーで花に水やる


ガラス戸の割れた心を手術するキラキラシールのりぼんを貼って


真夜中を縦に割いたら蟹がいる横に割いたら花屋が閉まる


オールインワンジェル肌に伸ばすときランダムドットにぶれていく皮膚


思春期の国では苺の天ぷらが流行ってるとか、東のほうで


たのしげな人魚の尻尾回転をしない寿司屋の倫理問題


かけがえのないおじさんを守りたい地球最後の海老をほぐそう


手についたラメで次々侵す街 ポスター、番犬、電車の座席


猛獣の飼育の手引き その1・サクマドロップスの白は除いて


プログラムされた魔性を発揮してヒレステーキで光る唇


ポータブルタイプのペンギン折りたたみ水玉模様のポッケにしまう


安全に登下校する必要性 実はなかった やがてシェルターへ


白鳥のボートに乗って道徳の教科書千切るまっぴるま 風


カエル肉小骨を吐いて確かめる日本の平和 泣いてみました


暗くなるニュースばかりと言いながら仮想キャンプで火を囲んでる


美味しいね、あなたが焼いたパンの耳あなたがいれた論理珈琲


ハンガリアンスタイル風というわけさグラニュー糖を嘘に浸して


フライパンに卵を落とした瞬間に世界はなんで縦に伸びるの


新聞の人生相談欄に貼る修正テープ なおしてあげる


ひさびさに会う友達とサイゼリヤ凍結された卵子に会釈


内側からキレイになろうフラミンゴの足を使った最新美容


VR雨宿りをして詩になった 今日は四人も死んだらしいぜ


薔薇園で傘をなくしてふうわりと飛んでみせれば犬に似ていた


玉砂利を踏み締めるとき手が忍者リュックサックのチャック開いてる


わがままに色を塗ろうかショッキング・ピンクの嫉妬 脆くなりたい


場所だけを決めてあなたを待っているダリの時計を海辺で見れば


まるかじりしたいようおしり月餅歯医者の看板あのフランス車


セルフィーに写り込んでる悪魔たちビキニの紐をとことん捻る


こぼすのが楽しい酒のランキングかわいいきみに発表したい


幻覚のテクスチャーで加工した日光浴びてしがみつく丘


世界樹の傍で頭を抑えられ蟻の視点を楽しみました


えっ、みんな足で踏んでたのこれ そっか 塩漬けオリーブ瓶が転がる


台風にまもられている夜もある青いクレヨン左手汚す


水を売るやつに言われてゆるせるのけっこうすごい カスタネット鳴る


設定の画面に飛んで目の前のあんたをトグルボタンで消したり


お茶会に遅刻しちゃうわ急がなきゃ という気持ちで追い焚きを押す


だらしなく生きてもいいしこれあげるトラベルガイドに海星挟んで


間違えて殺してしまうこともある宗教施設で野菜を買おう


花柄の壁紙どんどん追い越しておねがいたすけてぜんぶ摘まれる


おじいちゃん、実家に放火したんだって プロフ交換で言いたいニュース


ひらがなでかんじたことをほかんするくっきーかんのかちょうふうげつ


恋をやる前の身体を裏返しヌードモデルになりたかったな


取り返しつくことなんてなにもないあの助手席の熊をこちらへ


あの絵から音がしそうで立ちすくむ商店街で名前失くせば


加害者のFLASH BACK映像にたんぽぽ畑を重ね処理する


ベランダで乾かされてるわたしたちレゴブロックの麦酒で酔って


医療用ラブレターにはこうあった 自然科学のコーナーで待つ


痣を脱ぐ・わたしは無傷・あたりまえ ユニットバスに春の花浮かぶ