最終公演

 退去数日前の夜、死ぬほど汚い部屋でピザを食べた。近景にダンボールの山、バックパックに入り切らなかった荷物の残骸。次引っ越す時に買い替えるつもりで冷蔵庫を手放してしまったので、仕方なくスーパーで氷を買った。すぐ溶けるくせに一キロ分もあるので遠慮なくどんどんコップに入れる。最早我が家においては贅沢品となってしまったキンキンのビール、うまい。夫が大好きな柿の種の小分け袋の裏には、夫がよく話してくれるような雑学が書いてあっておもしろかった。


>持ち物リストを削りに削って、それでも、と思う非・生活必需品をひとつひとつ数え出してみる。まずは日記帳(ゴッホの絵が表紙に印刷されているとても素敵なハードカバーのノート)、それに結婚指輪(これは肌身離さず身につけるとして)、詩集を一冊(小説は一度読んだらおしまいで、時間を置いてからでないと読み返す気にならないけれど、詩だったらいつだってその時々で違った味わいがあるから、長旅にもし一冊本を持ってくなら詩集一択だと思った)、タロットカード、占いを勉強する用のルーズリーフ、夫に去年プレゼントしてもらった香水を3mlだけ、…………私の心が本当に必要としている物は、たったのこれたけなんだという気がした。それは思いの外安心する事実だった。(2022.06.24)


 前回のブログにこんなことを書いたが、結局この中でバックパックに入ったのは日記帳と香水、タロットカードだけだった。着替えやタオル等、最低限の荷物にこの三つを加えてギリギリ七kg越えるか超えないかぐらい。機内に持ち込める上限の重さだ。出来るだけ謙虚な気持ちで荷物を厳選したはずなのに、最初に測ったら余裕で八kgオーバーだった。そこから削りに削ってようやく一kgのダイエットに成功。趣味関係の物だけでなく、夫が私のために買ってくれた旅用のコンパクトドライヤーも日本に置いていくことにした。髪は可能な限り短く切るつもりだし、ここまできたら最早自分の身なりなんてどうでもいい。「日記帳を捨てるぐらいならドライヤーを捨てる」というと、「言ったな」といわれた。私も「言ってやった」と思った。


 それでいよいよ本当に覚悟が決まった。


 バイトで関わった大好きな子供たち、親切な人々、夫と出会ったお気に入りの街、そしてこの部屋……。離れるのは惜しい。でも、もうやるしかないんだと思った。お金をかけていろんなものを切り捨てて、あたりをダンボールだらけにして、私はアジア雑貨の店で買った変なワンピースを着ている。話の進むスピードが早すぎて、逆に夢みたいなかんじがした。全部自分で選んで・したことなのに、妙に現実味がない。それでも隣にはいつも通りの夫がいた。それで充分だ。明日も早いのに、二人で大森靖子の初期の曲を聴きながら夜更かしする。結果が嘘でも夢でも失敗でも、ここにいられる時間はもう残り少ない。

 

 

新婚の夜にカーテン切り裂いてピザとビールで乾杯しよう

愛してるでグラスぶつけて破りたいなわからないなら死ねと歌えば

天才がねえなんでと吐くYouTube 鮫のぬいぐるみだけしまえない