十月十九日(水)
カミーノ巡礼二十一日目。今日は六時半には起きた。大人数の部屋に泊まると他の人の物音で自然と目が覚めてしまう。
七時過ぎ、出発。ひさびさに真っ暗な中歩き始めた。空の星を見て「あれ北斗七星だ!」「本当に?」みたいな会話をしながら行く。今日は二十四キロ。
カミーノは楽しいことも多いが、さすがに毎日歩いていると疲労が蓄積してくる、という話もした。体力面はもちろん、個人的にはひたすら似たようなことばかり考えてしまうのもけっこうつらい。モヤモヤしていたことが良い感じにまとまってスッキリすることもあるけど、それ以上の発展性はないので段々行き詰まりを感じてきた。
この辺の不満を解消するために今日の目的地・レオンでは二泊する予定だ。
一時間ぐらいすると徐々に空が明るくなってきた。
美しい朝焼け。
五キロ歩いたところで良い感じの町に着いた。優しいお母さんが切り盛りしているバルで朝ご飯。
夫が「チョコレートクロワッサンはありますか?」と聞くと「それはないけど……」と言いながら焼いたトーストにジャムを付けて出してくれた。お互い言葉がおぼつかない中でコミュニケーションを取ってるのに、そうやって「甘い物が食べたいんだな」と察して代替案を考えてくれるのは嬉しい。
九時半、再び歩き始め。今日は午後から雨が降るらしい。いまのところは晴れているが向こうの空はけっこう怪しい。
ガチョウが柵から顔を出している。
今日はなるべく何も考えずに歩くことにした。なんとなく身も心も疲れているから、出来るだけ無心でいたいのだ。そのことを夫に話すと、「それは仏陀以外無理だよ」と言われた。まあ、究極を言えばそれはそうなんだけどさ……。
代わりに「あなたは何を考えてたの?」と聞くと、「長渕剛のことだよ」との返事。人間は決して雑念を消せない生き物なのかもしれない。
草間彌生風の地面。
顔見知りのおじさんが後ろからやってきて、わーわー言いながら飛行機みたいに腕を広げて私たちの肩を抱いていったのが面白かった。この人とはしょっちゅう宿でいっしょになるのに、お互い名前も知らない。そしてたぶん相手もあまり英語を喋れないのでそんなに会話もできない。でも、なんとなく縁を感じる。
「あっちだよ〜」と教えてくれるかわいい壁。
いよいよ天気が怪しくなってきた。
猫も家に帰って行く。
十一時。ちょっと疲れてきたので道端の草っ原に座って一息ついた。あと十一キロ。
我々が疲れやすいのはあまり休まずに歩いているからでは?と話した。もっとのんびり向かってもいいのかもしれない。
それから三十分もしないうちに雨が降ってきた。数キロ先に町があるので、ひとまずそこまでがんばって歩く。
十二時。ラストスパートの前にもう一度バルに入って休んだ。帰国後どこに住むかという話をして過ごす。
出る時に会計しようとしたら、夫が頼んだケーキはサービスだと言われた。ありがたい……。
バルにはだいたい一時間ぐらいいた。残り六キロ!
だいたい一時間ぐらいで目的地のレオンに着いた。ただ、かなり大きな町なのでここからさらに三十分以上歩かないとアルベルゲがあるエリアに辿り着けない……。
雨は相変わず降っていた。風もますます強くなってきている。並木道の下を歩いていたら頭上から栗みたいな木の実が落ちてきて、普通に痛い。頭にぶつかったらけっこう危ないなあと冷や冷やした。
あと五百メートルという地点で急に「台風か?」と思うレベルの大雨が……。しばらく雨宿りしてから土砂降りの中歩いた。
十五時ちょっと前、無事アルベルゲにチェックイン。
うさたろに「今日はどうだった?」と聞くと「正味いつもとそんな変わんないね〜」と言われた。揺られてるだけだもんな。
お昼寝してから夕飯を食べに外へ。
行きたかったインドカレー屋がやってなかったのでバーガーキングに来た。肉厚で美味しい。
お腹いっぱい食べたはずなのに、「夜、紅茶を飲みながらお菓子を食べたくなる気がする……」という人がいるから洋菓子屋に立ち寄った。店中が甘くていいにおい。美味しそうなクッキーをたくさん買えてハッピーだ。
夜は近くの礼拝堂でシスターが「旅のための祈り」をしてくれると聞き、私たちも参加してきた。スペイン語だったので何を言っているのか正直よくわからなかったのだが、静かで暖かな雰囲気に浸っていたらなんとなく大丈夫な気持ちに。
最後に礼拝堂を出る時、筒状に丸められたおみくじみたいなものをもらった。開くと一枚一枚違う言葉が書かれているようだ。私が引いたのはローマの信徒への手紙第十二章十・十一節。日本語訳を調べたら「兄弟の愛をもって互にいつくしみ、進んで互に尊敬し合いなさい。」「熱心で、うむことなく、霊に燃え、主に仕え、 」と出てきた。その通りだと思う。この旅(というより、むしろ人生?)でいちばん大切にしなくてはいけない精神を急に説かれたような気がしてちょっとびっくりした。
明日からも二人仲良く尊重しあって生きていけますように。