十月十四日(金)
カミーノ巡礼十六日目。宿がビスケットやジャムなどの軽い朝ご飯を用意してくれていたので、自前のオレンジジュースといっしょに食べた。お代はドネーション制。善意がありがたい。カウンターのところに貯金箱が置いてあったので二ユーロ入れておいた。
八時。そんなにのんびりするつもりはなかったのに、なんだかんだまあまあ良い時間になってしまった。宿の近くを散歩していた黒猫に別れを告げ、出発。
明ける前の空。
今日は序盤からきつい坂が待ち構えていた。目の前にあるこの山を越えていかなくてはいけない。まあ、山とはいってもたいした高さではないし、たまになら嬉しいレベルだ。
出来れば日が昇り切る前に頂上に行きたいところだが、思っていた以上に坂が長くて難しそうだ。
太陽が姿を現した途端、あたりが一気にオレンジ色に染まってわかりやすかった。
頂上。日の出はいつ見てもいいな。毎日暗いうちから歩き始めて、夜が明けていく過程を眺める。単純な繰り返しのようだけど、それでも毎回感動できるのが嬉しいと思った。
だいぶ息が上がっていたので五分程度座って休んでから再出発。
山に登ったと思ったらすぐに下り坂が始まった。かなり遠くまで見渡せるので、山の影になっている部分とそうじゃない部分の境界がはっきりわかる。
歩きながら、「大人になると上り坂より下り坂の方がきつい」という話をした。子供の頃は先生に「下り坂は下り坂で筋肉を使うんだぞ」と言われてもいまいちピンと来ず、うさぎみたいに軽々と駆けていたけど、今となっては膝を壊すのが怖くてとてもそんなことはできない。
ふと、地面に落ちている小石のひとつひとつから影が伸びていることに気がついて、それがなんだか美しかった。どんなに小さくても存在は存在なんだなあ、みたいなことを思った。
十時。やっぱり今日も十キロ歩いたぐらいのところで最初の町にたどり着いた。
バルで一休み……の前に良い公園があったので立ち寄ってみた。実は最近、道草をすることにちょっと興味があったのだ。筋トレマシーンみたいなやつで遊んだら楽しかった。
クローバーがたくさん生えていたので、「三時間ぐらいかけて四葉を探そうか」と冗談で言ってみたけど、まあ、冗談にしておいて良かったと思う。
町の売店みたいなところでコーヒーとドーナツを買って休憩。興味本位で四葉のクローバーのWikipediaを読んだらけっこう衝撃的なことが書いてあっておもしろかった。
立ち去る時、たまたま近くにいた地元のおじいちゃんにツナのパイを一口もらう。
歩き始める前に給水スポットで水を汲もうとしたら猫がやってきて、結局またそのへんに座ってしまった。スペインの猫は人懐っこい子が多い。あまりに近くに来るのでもはやカメラに収めるのが難しかった。
夫と「俺のほうが気に入られてる」「いや私のほうが」と無駄な張り合いをしつつもしばらく和ませてもらった。
十一時半。かわいい壁を通り過ぎる。おそらくあと十四キロぐらい。今日はひさびさに二十五キロも歩く予定だ。
砂漠みたい。
すれ違った巡礼者に「もしかしてハネムーン?」と聞かれ、夫が「そう!ハードなハネムーンだよ」と答えたら「結婚はハード!」と言われたのがおもしろかった。
残り五、六キロのところでまた町があった。お腹は空いていなかったのでバルには入らず公園のベンチに座って休憩する。おやつにりんごを齧った。
十三時。きれいな並木道の下をずっと歩いていく。
△カスティージャ運河
約四百年前に掘って作られたという運河。
十五時。運河沿いをずっと歩いてフロミスタという町に着いた。今日はここに泊まる。
チェックインした宿が猫付きだった。もうそういうのはいっそホームページとかに書いておいて欲しい情報だ。
この子も寄りすぎて写真なんか撮れない。
お腹まで見せてサービスしてくれた。本当に猫なのかな?
夜はピルグリムメニューを食べに近くのレストランへ。各国の言語でメニューが用意されていて配慮が嬉しかった。
十五ユーロはちょっと高いかな……と思ったが、いざ皿を出されてみるとお肉の量がすごい。特に夫の注文した骨つきローズのボリュームが半端なかった。「残さないのが礼儀」って実は日本だけのルールだよね、みたいな話をしながら食べる。国によっては「最大限のもてなしを受けた」ということを示すためにわざと残したりもするらしい。
ところで「もったいないおばけ」を訳すとしたら「Food loss ghost」がいいと思うんだけどどうだろうか。