十月三十一日(月)
カミーノ巡礼三十三日目。七時過ぎ起床。朝から小雨が降っていた。
昨日スーパーで買ったブラウニーがあったので、宿のキッチンで食べてから出かけた。今日は二十五キロだ。
八時半。昨日、最後の最後に頑張って登った階段を降りるところから一日がスタートした。まあ、人生そういうこともあります。
私は昔から長い階段が苦手なので慎重に降りた。
最初の三十分はずっと森の中だった。急な坂道をずんずん登っていく。いつも通り息は切れ切れだけど、なんとなく今日は最初から気分が乗っていて、体も軽かった。天気は悪くともそこまで気温が低くなく、それもよかったのだと思う。動いていると汗がどんどん出てきてむしろ暑かった。
だんだん風が強くなってきたので、カッパを着るついでに上着を全部脱いだ。体感的に雨量自体は大したことがないのだが、強風が吹くとどうしても威力が増す。
一時間ぐらい経った頃、少し空が明るくなってきたのを感じた。実際、方角によっては雨雲が途切れて青い下地が見える。
ただまあ観察したところ、雨雲といっしょになって同じ方向へ歩いて行っているような感じなので今後どうなるかはわからない。
十時。きれいに晴れた。雨上がりの鮮やかさが目に眩しい。
本日最初の休憩。十キロほど進んだところでちょうどよく空いているバルを見かけた。夫婦それぞれ好きなものを頼んだら「貧富の差」みたいな絵面になってしまい、ウケる。残り十五キロ。
休みつつ窓から外の景色を眺めていたが、どうもまた雨が降ってきたようだ。
十一時半。やるしかねえ。
一時間近くずっと強風と雨に吹かれながら進んだ。何日か前のほうがずっと酷い天気だった気はするが、これはこれでまあまあしんどい。何度直しても汗と雨でメガネがずり落ちてきてしまい、ほとんど何も見えなかった。道自体も地味にアップダウンが激しく、ゴリゴリ体力を削られる。
夫が「ぬいぐるみのお姉さーん!」と叫んでいるような気がしたけど、よく聞いたら「恵みの雨だー!」だった。全然違う。カッパを着ていると何も聞こえない。
かわいいきのこ。本物かと思ったが、実際は木にそういう彩色が施されているだけだった。遊び心だね。これ以外にもいくつかあった。
十三時近く。再び晴れてきた。わかりにくいけど向こう側に虹が見える。
さすがにもう降らないだろう。
これは本物のきのこ。
湿気を含んだアスファルトの道から覗く青空が素晴らしい。
広々とした景色を前に、生きてるっていいなあと自然に思った。
確かに、ずっと晴れていてくれるのであればそれがいちばんありがたいが、散々雨曝しになった後でこうして太陽に照らされると特別な感動を覚える。
十四時。気が付けば最初の休憩から二時間以上休みなしで歩いていた。さすがに疲れてきたが、適当なバルが見つからないのでその辺に座って休むことに。さっきまで着ていたカッパをレジャーシート代わりに使ったらちょうどよかった。家族のグループLINEに送られてきた姪の最新写真を眺めつつ、十分少々のんびり。
十四時半。残り三キロ地点でようやく良いレストランに巡り合えた。ちょっと一休み、とは言わずデイリーメニューを頼んでガッツリ休んだ。朝から軽いものしか食べてなかったのでいつも以上にボリューム満点のご飯が嬉しい。
△チーズケーキを頼んだし、「チーズケーキ」と言われて出されたけど、たぶんプリンでした
食べ過ぎてもう動けない。
いつもはちゃんと町に着いてやるべきことをやってから食事の時間にしているので、こんなのは初めてだ。胃が落ち着くのを待って十六時を目処に出ることにした。
外に出るとさっきよりずいぶん光が柔らかくなっていた。まだ明るいものの、日が暮れかけているのを感じる。酔っ払っていたのもあり、二人でのんびり散歩しているような感覚になって楽しかった。
カミーノが始まったばかりの頃は毎日足が棒みたいになってたよね、とか、朝起きると体が燃えるように暑かったよね、みたいな話をしながら歩く。もうすでに序盤の記憶が懐かしい思い出になろうとしていた。
十六時半。パラス・デ・レイの町に到着。今日はあとお風呂に入って寝るだけだ。お腹いっぱいで苦しかったけど、そう思うと気が楽だった。明日も晴れるといいな。