十一月八日(火)
続・カミーノ巡礼五日目。いよいよ最後の日が来た。一応、明日からサンティアゴに何泊か滞在する予定ではあるが、巡礼路を歩くのは今日までだ。この町からフィステーラまで十二キロ、そこからさらに三キロ歩けば目的の岬まで辿り着く。
先に宿を出ていく巡礼者に向かって「ブエン・カミーノ!」と声をかけながら、我ながらいいなあと思った。もうこれで終わりだからこそ、だよね。
オスピタレロとの別れを惜しみつつ、九時出発。海辺から道がスタートした。漁師の人たちが働いている姿が見える。
空は曇り。晴れていたらもっときれいだったんだろうなあとは思いつつ、これはこれで果てにふさわしい雰囲気がある。
巡礼者像。
かもめたちも朝の散歩を楽しんでいる。
個性的なベンチがあった。実際に使われているところを想像してみると、全員がそっぽを向いて座る感じになっておもしろい。
一旦海を離れて町の中に入っていく。
この狭い小道から山のほうへ抜けていくようだ。最後の最後でいい道を歩かせるなあと思った。
今日は距離こそ短いが、けっこうアップダウンが激しく険しい道も多い。信じられないぐらいの登り坂を前にして途方に暮れていたら、たまたま向かい側から歩いてきた人が「この坂は意外と短いよ」と教えてくれた。ありがたい……。
振り返って見る町の景色もきれい。がんばろうという気持ちになれる。
十時。しばらく進んだところでまた海が見えてきた。おそらくあの先にあるのがフィステーラの町だ。
車道沿いを歩いていたら雨が降ってきた。しかもなかなか勢いがある。
とはいえ向こうの空は晴れているのであまり長いことは続かなそうだ。
一生に一度しか来ない町を通り過ぎながら、「サンティアゴに着いたときはいろんな思い出が脳裏をよぎったけど、今はきちんと未来に向かって歩いている感じがする」という話をしたのが印象に残った。
再び山道に入っていく。
海だ。
ものすごい下り坂だ。ここまで来るともはや重力の存在を感じる。前に倒れないようにするのが大変だった。
十一時半、ついに到着。結局一度も休憩を挟まないまま十二キロ歩いてしまった。
濡れた砂浜が鏡みたいに光っている。すべてが真っ白で、海と陸の境目がとても曖昧に感じた。
雲間から太陽が見える。
旅がはじまってからずっと、この海のそばを歩いてきたような気さえしてきた。
本当は砂浜を歩いて町まで辿り着きたかったのだが、途中で天然の川が出来ていたので断念。迂回することにした。
上の道を歩いていたら、ロバ・犬連れの巡礼者とすれ違った。思わずちょっと反応してしまったけど、きっとこれまで何億回もいろんな人からありとあらゆる質問を浴びせられてきたんだろうなあと考え、そっと通り過ぎることに。二匹ともかわいかった。
十二時半。アルベルゲにチェックインした。部屋に荷物を置いて、洗濯物だけ済ませてから岬を目指す。
が、その前にひとまずお昼ご飯だ。朝食べたっきりだったのでお腹がペコペコだった。揚げ物だらけのプレートが胃に染みるぜ。店内BGMがノリノリで、お店のママが踊りながら料理を持ってきてくれたのが良かった。
時刻は十五時ちょっと前。岬では西陽が沈んでいくところを見たかったので、カフェ・コン・レチェでも飲みながらのんびり時が経つのを待つことにした。思いがけないラテアートが嬉しい。
十六時。我慢できなかったので歩き始めてしまった。ついに町から岬へ。
通りがかった教会の前で手作りのポストカードを配っているおじいさんがいた。かわいい絵だ。話を聞くと、おじいさんはもう九年以上歩いて旅してるらしい。さすが最後ともなるとすごいひとに会えるな。
最後の道。バックパックがないと体が軽い。往復六キロという距離はまあまああるのだが、たいして負担にも感じなかった。
十六時半、ついに到着。ここがかつては「地の果て」と信じられていた岬かあ。さすがの空気感だなあ。
と言いたいところだが、実際はけっこう観光名所化していて人も多かった。海特有の壮絶さはあるものの、場所全体に厳かな雰囲気はそれほどない。やっぱりなあ、と内心思った。
結局、生きながら辿り着ける場所に果てなんてないのだと思った。それは永遠に行けないところにしか存在しない。例えば、心の中とか。でも、精神のどこかに呼応するものは感じた。
道標に刻まれた「km0,000」の字。これを見ても、不思議と終わったなあという感じはしなかった。道中でも二人で話したが、サンティアゴに着いたときとは心の持ちようがぜんぜん違う。
いまは旅の終焉を惜しむ気持ちよりも、新しい冒険に向かって過去と統合されていく自分により強く意識が向いていた。
岩場を降りて先のほうまで行けるようだったので、がんばってギリギリのところまで行ってみた。強風がすごく、スマートフォンぐらいだったら手を離した瞬間にどこかへ飛ばされてしまいそうだ。しばらく海を眺めてから上に戻った。
「これがSEKAI NO OWARIかあ」と感心するうさたろ。うさたろもよくここまで着いてきてくれた。がんばったで賞をあげたい。
遠くで雨が降っているのがはっきりと見えた。
灯台が光っていた。
せっかくなので日没までもう少し待つことにした。曇っていて何も見えない可能性はあるが、粘らず諦めて帰る気にはなれない。
すぐ隠れてしまったけど、窓から太陽が見える瞬間もあった。
十八時。期待して外に飛び出してみたが太陽は見えない。でも、空が暮れていこうとしているのはなんとなくわかった。
十八時二十一分。日没。
道中には街灯がないため、真っ暗になる前に岬を後にした。
ちょうど町に着くのと同じタイミングで教会の鐘が鳴って、そのとき初めて切なさを感じた。
宿に戻るとちょうど夕飯の時間だった。ドネーション(寄付)でベジタリアン料理を振る舞ってくれるという。そんなにお腹が空いているわけでもなかったが、せっかくなので少しお裾分けしてもらうことにした。バナナを焼いてナゲット風にしているやつが美味しい。縁がなくてほとんど食べたことがなかったけれど、ベジタリアン、探究してみたらハマるかもしれない……と思った。
今日は疲れたし、何より気が抜けたので早めに寝る。おやすみなさい。