空白期間・後編

この記事の続きになります。

二月四日(木)

 七時半頃目が覚めた。本当はもっと早く起きるつもりだったが、昨夜眠りについたのが遅かったのもあり、一度目の起床では意識が覚醒せずついつい二度寝。再度起きてからもなんとなく怠くてしばらくベッドの上でダラダラとしていた。せっかくの京都なのにもったいないとは思ったが、よく考えてみるとこんな時間からやってる店なんてないしちょうど良かったのかもしれない。

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 とりあえず歩いて駅に向かう。橋から見渡す朝の空が広くて綺麗だった。都会なんだけどすぐ身近に自然があって、街中に大きな川が流れていたり、橋の向こう側に山が見えたりするのが京都のいいところだと思う。好みの喫茶店も多いし、いっそ移住して来るのもいいかもしれない。

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 清水五条駅近くの『喫茶KANO』というお店で朝ごはん。モーニングセット八百円也。バタートーストが美味しかった。西洋風の内装がお洒落で、よく日の差し込む店内は清潔なかんじがした。レトロな純喫茶が好きだけど、たまにはこういう雰囲気もいいな。

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 清水寺へ。近所の方が散歩に来ている程度でほとんど人気がなかった。駅からかなり歩いたのもあり、このへんからだんだん疲れて来る。

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 御茶屋さんで甘酒を飲みつつ休憩。

 本当はもっと予定を詰め込んでいろいろ見て回るつもりだったのだが、ここまで来るのにかなり時間がかかってしまったこともあり、少し考えを改めることにした。

 何も拝観スタンプラリーをやりにきたわけではないのだし、あちこちの神様に浮気して自分自身も疲れ切ってしまうよりは、見るものを絞ってひとつの名所に割く時間を増やしたほうがいいのでないかという気がしてきたのだ。

 せっかくだからとか、どうせなら、という考え方はある種の貧乏性で、自分が本当にやりたいことをわからなくしてしまうから危険だ。旅行というのは楽しんでするものであり、へんな義務感に支配されてくたくたになるまで動き回るようでは本末転倒である。

 そういうことを考え、午後からの予定を大幅に削ることにした。

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 平安神宮。平安と名前についているのでてっきりその時代からある建物だと思っていたが、実際に造られたのは明治に入ってからのことらしい。朱色の社殿と白い玉砂利のコントラストが綺麗でよかった。

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 今日の大本命、うさぎ神社こと岡崎神社へ。かわいい。とにかくかわいい。他の神社や寺に詣でた際は何かしらの願い事をしてきたが、ここではただ「うさぎさん、いつもありがとう」とだけ胸の内で唱えておいた。昨日のリベンジも兼ねておみくじを引いてみると結果は吉。京都の神様はなかなか手厳しいな。

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 夕飯にまた天ぷらうどんを食べた。旅の終わりが見えてきたからか、この辺から精神状態が怪しくなって来る。自分が何を目的に生きているのかわからない。

二月五日(金)

 今日で京都ともお別れ。急に決まった旅だったが、想像以上に楽しかった。いろいろ見て回っていくうちにいくら時間があっても足りないことに気が付いたし、あの時恋人に「行くなら早く行け」と背中を押してもらえてよかったなあと思う。ひとりだったらなんだかんだ理由をつけて旅行自体行かなかった気がする。今回の旅は恋人にプレゼントしてもらったようなものだ。

 ただ帰るだけではもったいない気がしたので(また貧乏性!)、最後に泊まったホテルで朝食を食べていくことにした。ブッフェ付きのモーニングが千六百円。正直高い。けど、こういう質の良い朝ご飯を食べるのもたまにはいい気がした。デミグラスソースのハンバーグ、半熟の目玉焼き、アボガドとサーモンのサンドイッチ、カンパーニュを使った黒蜜きな粉味のフレンチトースト、などなど。デザートがわりにいちごのスムージーを飲んだが美味しかった。

 お腹がいっぱいになったところでホテルをチェックアウトして、バスターミナル近くの駅へと向かう。十分程度歩いたのち、八時京都発の高速バスに乗車。ここから七時間ほど座りっぱなしになるが、行きの時にも一度体験していることだからかさほど嫌ではない。途中静岡を通過した際に富士山が見えて嬉しかった。

 旅行は旅行で楽しかったし、出来ることならもう一泊ぐらいして大阪方面にも遊びに行きたかったが、こうして終わりが近づいてくると今度は今度で家に帰れることが嬉しい。ひさびさに顔を突き合わせた恋人はなんだか少し痩せたような気がした。お茶を沸かして、手土産の八ツ橋を食べながら、京都の話をする。

 元々今日は辞めた職場に制服を返しに行く予定の日だったので、三十分程休んでからまたすぐ出かけた。一度別れの挨拶をしたあとなのでなんだか気まずいような気もしたが、知ってる顔に会って話をしているうちに段々心が和らいでくる。やっぱり、嫌いで辞めるわけではないんだよなあということを再確認。ちょっと惜しいことしたかも。きちんと挨拶ができていなかった人にたまたまお会いして、「いつでも戻ってきてくださいね」と言ってもらえたのが嬉しかった。

 最後の最後で長居するのは綺麗じゃないと思い、適当なところでお暇する。

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 最寄りの駅にある大好きなカレー屋さんに。ラムキーマカレー千百円。相変わらず美味しい。最後まで贅沢尽くしの一日だった。

二月六日(土)

 朝から健康診断。三ヶ月前に測ったときより三キロも増えていてショックを受ける。ここ最近は暴飲暴食もせず、適度に摂生していたつもりだったんだけど、思い返してみると確かに一日に二回も朝ご飯を食べたり、暇さえあればおやつタイムをつくってぱくついたりしてたし、知らず知らずのうちに気が緩んでいたのだろうな。あと、やっぱり体重計は毎日乗らないとダメ。

 ダイエットしなきゃなあなんて考えつつ、今日はガストで朝ご飯。安定の美味しさ。ファミレスのモーニングはとスープがついてくるから好きだ。

 その後は前職でお世話になったパートさんと渋谷で待ち合わせてお昼ご飯を食べた。私のリクエストで有名なハンバーグ屋さんへ。

 直前までは「一体何を話すんだろう」と不安になっていたが、ひさびさに顔を突き合わせてみるとなんだか懐かしく(まだ辞めたばっかりだけど)、会えたことが素直に嬉しかった。仕事中はお互い余裕がなく、焦ってばかりいたから、こうして差し向かいになってのんびり話をするのは少し不思議な感じだ。

 今日は最初からご馳走するつもりで来たの、と言われ、ありがたくお言葉に甘えさせてもらうことに。単純な食事というよりは、最後に労いがしたかったらしい。散々助けてもらったのはむしろこっちの方なので、そこまでしてくださるなんて……、と思うと申し訳ないような気もしたが、それ以上にやっぱり嬉しかった。

 話の流れで「親孝行はしといたほうがいいよ」と言われ、去年そのパートさんから「母が危篤で……」と震え声の電話を受け取った時のことを思い出す。普段の私だったら「人それぞれいろんな家庭の事情があるんだから放っておいて欲しい」と反発心を覚えていそうな場面だが、今日ばかりは素直に受け取ることができた。大人はみんな決まり切ったようなことを言うものだが、その裏側にはきちんとそれぞれの通ってきた道が隠されていて、決してばかにはできないと思う。

 パートさんと別れた後は恋人と合流してしばらく街をぶらぶら。「もう三十三になるのに!」と嫌がる彼を無理やりゲームセンターに連れ込んでいっしょにプリクラを撮ったりした。「最後に撮ったのはいつ?」と聞くと、「数年前」と言うので、心の中で「昔のおんなか!」と叫んだが口には出さないでおく。元カノとは撮っておきながら私と撮れないというのはおかしな理屈なので、強制的に思い出を上書き保存してやる。

 ここ数日分の疲れが一気に出たのか帰った後は泥のように寝た。

二月七日(日)

 長いようで短かった空白期間も今日で終わり。明日から新しい仕事がはじまる。不安な気持ちと楽しみな気持ちが半々ぐらいあり、両極端な感情に引き裂かれそうだ。

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 駅前の喫茶店で恋人とモーニングを食べる。その後の予定について話し合うも、なんだか心がグチャグチャで一向にやることが決まらない。あれもやだこれもやだと駄々をこねた挙句、結局家でダラダラすることに。一時間ほど昼寝したらだいぶ疲れが抜けてスッキリした。恋人がカレーライスを作ってくれることになったので、その間にまだ解いていなかった引越しの荷物を片付ける。本棚がいい塩梅にパンパンになった。この部屋での生活はまだ始まったばかりだというのに、もうすでに何も入らない。

 出来上がったカレーをふたり揃って食べて、あとは布団の上でダラダラ本を読んだりゲームしたりして過ごした。なんだか久々にのんびりできたような気がする。

 本当だったら連日こんな調子で怠惰なニート生活を送るつもりだったのたが、急に京都へ行くことになったせいで当初の予想とはだいぶ違った雰囲気の空白期間になってしまった。楽しかったからそのこと自体に文句を言うつもりはないけれど、こんなことなら無理にでも粘ってもう何日か入社日を遅らせて貰えばよかったな。全然ゴロゴロし足りないよ。

 明日から仕事だと思うと憂鬱だけど、これだけ思う存分遊びまわったのだし、気合を入れてがんばっていきたいと思う。

 でも、嫌なやつにいじめられたりしたらすぐに辞めるけど。