十一月二十八日(日)
今日で最終日!
眠い目を擦りつつ、十時前には一週間以上お世話になった民泊をチェックアウトした。
恋人にパッキングされるくまのぬいぐるみ(実はいっしょに来ていた)。
大阪旅行最後のモーニングは通天閣本商店街内にある『ブラザー』で食べることに。あんまり深く考えずに来たんだけど、ここ、すごかった。店内の雰囲気というか、そこにいるひとたちの出してる「感じ」がいい。
実は来店時ほぼ満席だったのだが、素直に諦めて帰ろうとしたところ、店員のおじいちゃんが「ここ、いま空きますから」と言ってまだ会計が済んでいないテーブルを片付け始めたもんだからちょっと吃驚した。気持ちは嬉しいけど、いいんか?って感じ。先客に申し訳ないような気もしつつ、おいでおいでと手招きされるまま大人しく席へ着くことに。
その後すぐ女性客が一人きたときも、常連のおじちゃんたちが勝手に「一番前のとこ、相席でよかったら空いてるで」って案内してたし、なんというか人と人の距離感の近さがすごい。その席に座ってたひとも「ああ、もう出るところだからいいですよ」みたいな反応で、そこまで悪い気はしてないみたいだったし、大阪のひとの懐の深さを感じた。
私は喫茶店ではのんびりしたい派だけど、こういうときに席を譲った方がいいのもまあわかるし、お互いこのぐらい遠慮がないほうが却ってやりやすくていいのかもなあと思った。(※タイミングによって店内が空いてさえいれば長居できる雰囲気でした)
単純に珈琲も美味しいし、追加でオレンジをサービスしてくれたり、店を出る時に「いってらっしゃい〜」と言って送り出してくれたりと、人の温かみもしっかりあっていいお店だ。
概して言うなら正しくこの町の喫茶店って感じがした。
朝ご飯を食べたあとは難波に移動してアメリカ村周辺をフラフラ。とりあえずお茶だけするつもりで入った店で流れるように昼飯を食べた。
食べながら恋人の「地元でバーをやる妄想」を聞く。今の仕事は続けながら、利益度外視で半分溜まり場みたいな店を雑にやりたい、という話だった。それはちょっと面白いかもしれない。
安くて良い居抜きの物件を見つけたというので、「それなら今度内見行こうか?」と即切り返すと、「いやあ、でもいま地元に移り住むのはな〜」と尻込みされた。こういうのは発案者のほうが慎重だったりする。
内装にどのくらいお金をかけるかとか、メニューに何を出すかとか、そんな話をしつつしばらくのんびりした。
ご飯を食べ終わったあと、行き場を失った我々は苦肉の策で図書館へ行くことにした。昼出発のバスにすればよかったかもねえ、と話しつつ、とりあえず館内では別行動することにしてお互い読みたい本を探す。
穂村弘がいろんなジャンルの著名人に話を聞きに行く、というコンセプトの対談集『あの人に』があったので、私はそれを読むことにした。最初の谷川俊太郎の回で、「ある美しいひとかたまりの日本語をそこに存在させたいだけ」(『文藝』二〇〇九年夏号・特集穂村弘にて谷川俊太郎の発言)という言葉がが引用されていて、それがなんとなく心に残った。詩は草花のようなもの、というのが谷川俊太郎の考えらしい。良い詩とはどんなものだろう、と最近になってよく考えていたことに対し、ひとつの答えをもらったような気がした。
二時間ぐらいかけて一冊読み終えると閉館の時間だったので、外に出てひとまず駅のほうに戻る。
夜の難波。
しばらく地上を彷徨い歩いたあと、どうにか地下に潜り込み、恋人の買い物に付き合うことに。男物の服を見ながら、「ジョージア映画に出てきそうな感じだね」とか「このタイプのコートは毛玉のモケモケが目立つね」とかたくさん言って回った。
歩き疲れたので珈琲館に逃げ込む。旅行のシメがチェーンか、という気もしたが、それも良いと思った。お芋のアイスラテ美味しかったしね。
二十一時、ようやくバスに乗車。ぐっすり眠れますように。
十一月二十九日(月)
七時に新宿着。帰ってきた!と言いたいところだけど、大阪の中心部と東京の中心部はけっこう似ているため正直ぱっと見よくわからない。実は大阪にいる間も「同じような景色だからかあんまり遠くへ来た感じがしないなあ」なんて思っていた。正直、心の距離でいうんだったら静岡とか山梨のほうが大阪よりも遠くに位置してる。
それでもバスから降りて駅構内を歩くと、ちょっとずつ懐かしさが込み上げてきた。見慣れた場所だなあ、という感じがする。
新宿の喫茶店といえば駅構内にある『BERG』。新宿には他にもいい喫茶店がたくさんあるけど、旅の前後に行きたくなるのは決まってここだ。よくよく店内を見回してみるとけっこうメッセージ性が強く、飯に対しても世間に対しても独自のポリシーがあるのを感じるんだけど、なぜか妙に居心地が良くてチェーン店に似た安心感がある。あまり長居できる雰囲気ではないのがかえって時間の埋め合わせにはちょうどいい。
食べ終わったあとは電車に乗って住んでる街へ。最寄り駅の地面を踏んだ瞬間、なんとも言えず嬉しかった。結局お前がいちばんだよ。
旅行はめちゃくちゃ楽しかったけど、それはそれとして、やっぱり家より落ち着く場所はこの世にない。
帰って荷物を床に放り投げると、早々に布団へ寝っ転がってくたびれたマットレスの感じを楽しんだ。宿のベッドの方が確実にふかふかだったのに、なんでこれがこんなにもいいんだろうか。夜行バスの中でもけっこう寝たつもりだったけど、こうして横になってみると体の奥のほうに疲れが残っていることがよくわかる。これはいかんと思い、慌てて風呂に入ることにした。歯ブラシがきちんと柔らかいことや、シャンプーがよく泡立つことにいちいち感動しながら湯を浴びて、出るとまた速攻で布団にインする。
たこ焼き美味しかったなあとか、海遊館の魚たちかわいかったなあとか、結局うどんもたこせんも食べてないや……とか、いろいろ思いを巡らせつつも意識は徐々に眠りの中へ……。
昼過ぎに目覚めるとそこはもう大阪ではなくて、見慣れた部屋の光景に安心すると共に夢の終わりにいるような切なさを感じた。そして、この切なさが完全に溶けてなくなる瞬間こそが本当の旅の終わりなんだと思う。
大阪はいいところだったので、いつかまた行きたい。
完