あのひとのためにかわいくなりたいんだけど、どうしたらいいだろう」ということを友達に相談したとき、間髪入れずに「でもさかなはそのままでもじゅうぶんかわいいじゃん」と言ってもらえたことが、今さら心の支えになっている。

 おいしい料理を用意するのと同じように、かわいい自分を供してみたい、と考えていたことは事実だし、そのために髪を切ったり、新しい服を買ったりしたのもそれなりに楽しかったはずなんだけど、やっぱりどこかで無理があったんだと思う。

 眼鏡じゃなくてコンタクトにしたほうがいいとか、たぶんこういう服が似合うとか、もっとメイク濃くしたほうが顔が映えるとか、そっちの白より黄色のほうがいいよとか。それらのアドバイスは、自分自身がこっそり「確証はないけど、もしかしたらそうなのかも」と思っていたことと重なっていたりもして、だからものすごく嫌ということはなかったんだけど、妙な違和感はずっとあった。

「彼はそのままのさかなを気に入ってくれたんじゃないの?」

 私もそう思いたかった。でもそれはそれとして、そこからさらに努力してみるのも悪いことではないような気がしたのだ。だからとりあえず、できる範囲内で自分のやりたいようにしてみることにした。  彼にはできる限り心地よくいてもらいたい、というのは私が勝手に望んでいることだから、特にそういった気持ちを明言することはなかった。

 明言していないはずなのにあれやこれやといろんなことを要求されて、「あれ、なんかおかしいな」と感じなかったわけではない。でも結局、それに上回る何かがあった。  彼が求めているものと私がいちばんに好きなものとの間にはちょっとしたずれがあったけど、そこまで離れすぎているということもなかったし、多少のことはコスプレ気分で乗り切れるような気がしていたのだ。本当に好きな格好はひとりのときにすれば充分、とも思った。

 それでふられてしまったのだから、本当にわけがわからない。でも、もしあのままだったらどんどん要求がエスカレートしていって、最終的には「整形しろ」とか言われていたのかも。そう思うと早めに見切りをつけてもらえてよかったような気もする。

 何がいちばん切ないかというと、彼にダサい人間だと思われていたこと。私こう見えてもけっこう、服にこだわりがあるほうなんだけど。今日はあんまりそう見えない服装をしているというだけで。ずっと言いたかったけど、いつもの癖が出てしまって無理だった。コンタクトレンズを試したことがないという嘘、地味で当たり障りのない、でもまあまあかわいいと思っている服、わざと薄めにしたアイメイク。ちょっとずつ彼の影響を受けながらも、なんだかんだそういうもので身を固めたまま会い続けて、いちばん好きな自分を見てもらう機会が訪れることもなく、突然ふられた。引かれるのは嫌だけど、さすがになにもかも無難であろうとするのはなんか違うな、だって好きだから、とか思ってピアスだけは毎回新しいものをつけていってたの、意味なかったな。伝わらなかった。

 まあ原因はそれだけじゃないんだろうけど。ダサいなりにもそれなりのこだわりがあるとわかっていたら、もっと私の趣味を尊重してくれたのかもしれない、ってちょっと思う。  おしゃれが好きだと話してくれたあのひとにとって、本当に耐えられなかったのは私の服装そのものじゃなく、私の服装からなんの思想も見出せなかったことなのかもしれないから。そういうふうに考えてしまうのは、投影ってやつなのかな。

 好きなひとのためにかわいくなる、という考え方が間違っているとは思わない。だけど、自分を押し殺して好かれようとしたってあんまり意味ないんだなってことが今回の件でよくわかった。 ありのままを愛されたうえでそこからさらによりよい自分を目指していく……、という方向性ならいいのかもしれないけど。嫌われることすらままならないまま強制終了されてしまったような印象がぬぐえない。

「別にあなたが誰のことを好きになろうと、何人と寝ようと、どうだっていいんだよ。そんなことで人間が汚れるとは思わないしね。でも、そのことによってあなたのなかにある人を信じようとする気持ちや、誰かを一生懸命愛そうとする姿勢に傷がついたり、損なわれたりするんだったら、それはそんなの絶対に嫌だ」

 というのはこれといって誰かにかけてもらった言葉ではなく、自分で自分に対し思っていることだ。なんというたくましさ。私は強いな。強かったからいいものを。ほんとむかつく。付き合うつもりがない女を家に誘ったりするんじゃねえよ、って、まあ、結局ついていかなかったんだけど。でもその行いが意味するところをわかってしまう時点で……、という気もする。そのことを考えるといまだに胃のあたりが重い。

 今回は本当に最低な思いをした。でも、やっぱりいまだにちょっと好きだ。頭おかしいのかな。自分でもやばいのはわかっているけど、どうしてもネットストーキングをやめられない。友だちに撮ってもらったっぽい写真、笑顔が愛おしいな。何度だって慈しんじゃう。他のことをしている最中も、気が付くと「もし私がもっと美人だったら」とか「もし私がもっとおしゃれだったら」って考えてる。尽くしすぎて逃げられたっていう元カノは、どんな顔だったのかな。かわいかったのかな。かわいかったんだろうなあ。

 世の中にはきっと、もっと酷い気持ちを味わっている女の子が大勢いる。そういう子達にもちゃんとやさしい友達がいて、やさしい言葉をかけてもらってるといいなって思う。私みたいに。

 いまはとにかくわけのわからない服をたくさん買いたい。